Sinopsis
事故で意識を失い、意識が戻るとスライムになってた。
Capítulo1
第一章:転落
浅戸真仁が最後に意識したのは、砕け散る青い光だった。
崖の上での海釣り。仕事のストレスから逃れるための唯一の趣味だった。警備員としての日々は単調で、誰からも注目されない冴えない三十代女性。週末の釣りだけが、彼女に生きている実感を与えてくれた。しかし、その日は足元の岩が緩んでいた。バランスを崩し、後ろに倒れる。空が遠ざかり、海面が迫ってくる。反射的に右手を伸ばすも、何も掴めない。そして――岩礁の黒い影が視界いっぱいに広がった。
痛み。粉砕されるような衝撃。そして暗闇。
意識がゆっくりと戻ってきたとき、最初に気づいたのは「静けさ」だった。
病院の機械音も、波の音も、風の音さえもない。ただ、どこからか聞こえる微かな水滴の音と、自分の中を何かが流れるような、ぬるぬるとした感覚だけがあった。
「……あれ?」
声を出そうとしたが、声が出ない。いや、声を出すための「口」すら感じられない。
目を開けようとした。視界がぼんやりと広がる。だが、それは人間の目を通した視界ではなかった。三百六十度、全方位が見えているような、しかし解像度の低い、ぼやけた世界。色は乏しく、青と緑と茶色のグラデーションのように感じられた。
右手を動かそうとした。ない。
左手も。足も。体全体を動かそうとしても、そこには「四肢」という概念すら存在しなかった。
代わりにあるのは、ゼリー状の、プルプルと震える青い塊――自分自身だった。
パニックがゆっくりと、しかし確実に彼女――いや、かつて彼女であった存在を襲った。思考はぐるぐると回り、理解を拒否する現実に立ち向かおうとする。
「これは夢だ。悪夢だ。目を覚ませ、真仁!」
しかし、目はすでに開いていた。しかも、体のあちこちに――かつて目だった場所、耳だった場所、皮膚だった場所すべてに――開いていた。
ゆっくりと、這うように前進してみた。ゼリー状の体が地面を濡らしながら滑る。草のようなものが体を貫通する感覚。痛くはない。ただ、「そこに何かがある」と認識できるだけだ。
少し進むと、水の流れる音が近づいた。川だろう。その水面に、何が映っているのか見てみたいという衝動に駆られた。
ゆっくりと、慎重に岸辺に近づく。青いゼリー状の体が草を押しのけ、ぬるぬると滑りながら川縁に到達した。
水面は鏡のように静かだった。
そこに映っていたのは、冴えない女性警備員の顔ではなかった。
透明に近い青いゲルの中に、二つの真っ黒な点――目玉のようなものが浮かんでいる。体は不定形で、わずかに波打ち、微かに光を反射している。全長はせいぜい三十センチ。まるで子供のおもちゃのスライムが、意思を持って動いているかのようだった。
「……まさか」
思考だけが轟いた。
アニメやライトノベルで見たことのある展開。ありふれた、陳腐なファンタジーだ。現実の人間がそんなことになるわけがない。
しかし、岩礁に頭を打ちつけた衝撃は本物だった。あの高さから落ちて、生きていること自体が奇跡だ。いや、生きていると言えるのだろうか?この状態を「生きている」と定義できるのか?
腹が空いた。
突然、強烈な空腹感が襲った。それは人間の時のそれとは全く異なり、体全体が「何かを取り込みたい」と叫んでいるような、本能に近い衝動だった。
視界の端に、小さな虫が這っているのが見えた。思考する前に、体が動いた。青いゼリーが瞬時に伸び、虫を包み込む。消化するというより、同化する。虫の形がゼリーの中にわずかに浮かび、そして溶けていく。ほんのわずかなエネルギーが、体全体に広がる。
その瞬間、ふと何かが失われた気がした。
人間だった頃の記憶だ。幼い頃に家族と訪れた海辺。初めて釣りを教えてくれた祖父。警備員としての最初の勤務日。すべてが少しずつ、色あせていくようだった。まるで、このスライムの体が、人間としての記憶を栄養として消化しているかのように。
「……忘れたいのかもしれない」
思考が浮かんだ。
冴えない人生。目立たない存在。誰からも愛されなかった三十年。あの岩礁で終わった方が、むしろ清々しいのかもしれない。こんな姿になってまで、あの人生に未練を抱く必要があるだろうか?
青いスライムは、ゆっくりと川から離れた。これからどうするのか。どこへ行くのか。生きる目的は何か。すべてがわからない。
ただ一つ確かなのは、もう浅戸真仁ではないということだ。
体も、心も、スライムになってしまった。







