Synopsis
女性版いじめを助手の助けで解決しよう!
Chapter1
湯気の立ちのぼる深緑のお茶が、白い磁器のカップの底で静かに揺れていた。
応接間の重厚なマホガニーのテーブルを挟み、水鏡冬華は眉間によった皺を隠そうともせず、茶碗を手に取った。
隣に座る空夢風音は、白地に黒のセーラー服の上に羽織った千早の袖をそっと整え、困惑の混じった目を巡らせている。
「……で? なによ」
冬華の低い声が、部屋の空気をわずかに震わせる。幕末の刃傷沙汰をくぐり抜けてきた女の目つきだ。流れるような黒髪が肩から滑り落ち、卓上の光を反射している。
「女のいじめ、ねぇ」
ミハエルはソファーの背もたれにゆったりと体を預け、長い脚を組んだ。金糸の唐草模様が施された黒いコートの裾が、軽く床を撫でる。
「いやいや。わたしも男だからね、女の領域の微細な陰湿さというものには疎いのだよ。男の頭突きや怒鳴り合いなら拳の軌道も見えやすいが、女の世界のそれは、目に見えない遅効性の毒のようなものでしょう? だから専門家の助言を得ようと思ってね」
「ええ~~~~!?」
風音がハチミツを煮詰めたような声をあげて、両手を胸の前で合わせた。茶色の瞳を丸くし、ハーフアップにした髪を揺らす。
「わたし達を呼んだ理由がそれですか!? 公爵様、またそんな無茶なお願いを……!」
「無茶でも何でもないさ、風音。現にラルスが頭を抱えて駆け込んできたのだから」
部屋の隅で縮こまっていたラルスが、小さな肩をすくめて前へ出た。黒いヴィクトリア調のジャケットの袖口を両手で握りしめ、消え入るような声で喋り出す。
「……あのね、父様。コウくんの件はうまくいったけど、今度はコッコ=小枝ちゃんが……学校に行くのを怖がってて。お家から一歩も出られないんだ」
「小枝ちゃん、か」
風音の表情から困惑が消え、柔らかな慈愛と、それに裏打ちされた強い義憤が宿った。
「あの子、大人しくて……いつも図書室で静かに本を読んでいるような子ですよね。一体なにがあったんですか?」
「きっかけは、本当にくだらないことらしいのだよ」
ミハエルはテーブルの上の書類――ラルスが書き留めた簡潔なメモに視線を落とした。
「班分けの時に希望が重なったとか、誰かが買ってきたお菓子を断ったとか、その程度のことだ。だが、そこから雪だるま式に『空気』が作り上げられた」
「空気、ね」
冬華が吐き捨てるように言った。鼻で笑う音が冷たい。
「胸がムカムカしてくるわね。男のいじめは犬の縄張り争いみたいなものだから、力関係を書き換えれば一発で終わる。だけど女の連中が作る『空気』ってのは、肥溜めの匂いと同じよ。誰も直接『嫌いだ』とは言わない。ただ周りを囲んで、鼻をつまんでみせるだけ」
「そうなんです」
ラルスが頷く。
「小枝ちゃんが部屋に入ると、急にみんなの会話が途切れるんだって。で、背中を向けた瞬間に、小さなクスクス笑いが起きる。メッセンジャーのグループからもいつの間にか外されてて……『みんなそう思ってるよ』って、手紙が机に入ってたらしい」
「『みんな』ねぇー……」
カーラが部屋の天井付近から滑り降りてきた。漆黒の翼を背中にあしらったコンバットギアに身を包み、手にはどこからか持ってきた焼き団子の串を握っている。黄金の瞳をすぼめ、豪快に団子を口に放り込んだ。
「人間という生き物は、集団の数を自分の腕力だと錯覚する愚かな癖がある。一人では何も言えん弱虫ほど、『みんな』という盾の後ろに隠れて石を投げるのだ。実に浅ましい」
「そうそう!」
シルフィードが黄緑色の髪をなびかせ、カーラの肩の上で空中遊泳をしながら同調した。
「小枝ちゃんの周り、重たくて湿っぽい風がずーっと渦巻いてるの! 息をするのも苦しいくらいなんだよ?」
風音が深く息を吐き出し、膝の上の千早の布地を強く握りしめた。
「……男の人相手なら、公爵様が前やってみせたみたいに『ルールなら従いますよ』で線を引くこともできます。でも、女子の集団だと、それだけじゃ受け流せないことがあるんです。『ルール違反』をしてくるわけじゃないから。『感情』と『空気』で押し潰してくるから……」
「だからこそ、だ」
ミハエルは組んでいた脚を解き、身を乗り出した。
「男と女で、いじめの根底にある本質まで別物だと考える必要はない。暴力の形態が物理か精神かという違いに過ぎないのだからね。要は、相手が仕掛けてくる『曖昧な攻撃』を、いかに『明確な事実』へと引きずり下ろすかだ」
ミハエルは指を二本立てた。
「例えばだ。女子グループに囲まれて、『小枝ちゃんってさ、空気読めないよね? みんなそう言ってるよ』と言われたとする」
「……言われそう」風音が顔を曇らせる。
「その時、怯えて『ごめんなさい』と言うのも、感情的になって『そんなことない!』と反論するのも悪手だ。前者は付け込まれ、後者は『ほら感情的だ』と格好のネタにされる。わたしなら、こう返すね」
ミハエルは声を一段低くし、極めて淡々と、事務的な響きを帯びさせた。
「『みんな、というのは具体的にどなたとどなたかな?』」
冬華がくすりと笑った。
「『いや、みんなはみんなだし』と返してきたら?」風音が尋ねる。
「『では、そのご本人たちに直接確認しましょうか。わたしは別に構いませんよ』で終了だ。影に隠れている『みんな』という幻影を、一人の人間の口から引きずり出す。誰がそう言ったのかを特定させる圧力を逆にかけ返すのだよ」
「……なるほど」ラルスの目が輝き始める。
「さらにだ」ミハエルは二本目の指を振った。
「『小枝ちゃんって、最近ちょっと調子乗ってない?』といった曖昧な陰口、ニュアンスの攻撃が飛んできた場合。これは分類するのだ」
「分類?」
「そう。『それは君の感想かな? それとも具体的な要求かな?』とね」
風音がポンと手を打った。
「あ……! そうか……!」
「感想なら『そうか。では君はそう思っているんだね』で会話を打ち切る。君の心の中の好悪に、わたしが付き合う義理はないからね。もし要求なら『では内容を聞こう。わたしに何をしてほしいのかな?』と詰める。服を変えろと言うのか、喋るなと言うのか、具体的に口に出させれば、それがどれほど不当で理不尽な暴論かが周囲にも露呈する」
「……相変わらず、嫌なところを突く男ね」
冬華が温くなったお茶を飲み干し、湯呑みをテーブルにコトンと置いた。
「『曖昧な空気』を『具体的な取引』に変換するわけだ。悪くないわ。女の集団が一番恐れるのはね、自分たちの仕掛けている陰湿な悪意が、白日の下に晒されて数値化されることよ」
「ただし」
風音が真剣な面持ちで口を挟んだ。
「ミハエル様。女子の集団による孤立化は、一人で対処しようとすると危険です。『そんなこと言ってない』『被害妄想じゃない?』『勝手に気に病んでるだけでしょ』って、全部こちらの精神のせいにされて揉み消されます」
「その通りだ、風音」
ミハエルは頷いた。
「だから記録が必要になる。日時、発言内容、その場に誰がいたか、送られてきたメッセージの画面保存。それらを客観的な『証拠』として積み上げ、信頼できる大人や機関へ提示する。脅迫や金銭の要求、身体的暴力、名誉毀損に達した段階で、それはもう『お友達同士の揉め事』ではない。『犯罪行為』だ。即座に外部の力を介入させればいい」
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教室の空気は、一度粉々に砕けると二度と元には戻らない。
水鏡冬華の冷徹な一言が教壇の前で途切れた瞬間、ガラガラと音を立てて前界のドアが開いた。遅れてやってきた男性教諭が、教室内
「……よし」
冬華が立ち上がった。巫女服の流れるような赤と白の布地が翻る。
「構造は分かったわ。じゃあ、さっさとその小枝ってガキのところへ行きましょうか。いつまでも部屋
湯気の立ちのぼる深緑のお茶が、白い磁器のカップの底で静かに揺れていた。
応接間の重厚なマホガニーのテーブルを挟み、水鏡冬華は眉間によった皺を隠そうともせず、茶碗を手に取った。
隣に







