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海賊KING

海賊KING

Last Updated: 2026-08-19 04:28:40
By: 白い月
Completed
Language:  日本語12+
4.3
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Synopsis

ファブリス諸島で海賊KING! この航路を制する海賊は誰だ!


Chapter1

 ある日のヴァーレンス王都の外。

 なんてことのない、普通の街の風景であった――。

 青空。

 穏やかな風。街道を歩く人々。荷車を引く商人。

 露店では焼きたてのパンが並び、少し離れたところでは農家の老人が野菜を売っている。

 ヴァーレンス王国。戦争とは縁遠い、平和な国。

 冒険者ギルドに貼り出されている依頼も、

『農家の収穫を手伝ってください』

『下水道の掃除をお願いします』

『馬小屋の修繕をお願いします』

 などという、実に平和なものばかりだった。


 今日もまた、そんな一日になる――。

 誰もがそう思っていた。

 だから。

 誰も、空を見上げていなかった。


 ――ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 街の人々が一斉に空を見上げた。空から何かが降ってきた。

 木材。

 陶器。

 金属。

 そして――。

「……トイレ?」

 誰かが呟いた。そう。トイレだった。正確には、トイレだったものだった。

 壁、便器、扉、配管。

 それらが凄まじい勢いで地面へと降り注いでいる。

 その中心。

 瓦礫と化した公衆トイレの跡地に、二人の女が立っていた。

 一人は赤いドレス。白い翼を持ち、黒い竜の尾を持つ女。

 フィオラ=アマオカミ。

 もう一人はピンクのチャイナドレス。こちらも竜の尾を持つ女。

 ユエリシア=アマオカミ。


 フィオラは、瓦礫の中からゆっくりと立ち上がった。

 髪についた小さな埃を払う。そして。

「…………」

 無言で、空を見た。さらに上。

 そこから落下してくる男がいた。

 中肉中背。ピエロを連想させるような服装。

 ただし、今は完全に姿勢を崩している。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 男が落ちてくる。

「うわっ、うわっ、うわああああああああああああ!」

 そして――。

 フィオラの目が細くなった。

「……あなた!」

「は、はい!?」

「何をしたの!?」

「いや、その……」

「何をしたの?」

「…………」

 男が答える前に。

「トイレキルやんなっちゅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんじゃぁぁぁぁぁぁ!」

 フィオラの怒号が王都外縁まで響き渡った。

「ボケーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 鳥が飛び立った。犬が吠えた。

 街道を歩いていた商人が荷車から転げ落ちた。

 そしてユエリシアは、

「うわぁぁぁぁぁぁうわっうあっ!」

 と慌てながら、フィオラの背中に隠れようとした。

「フィオラ! フィオラ! トイレが! トイレがない!」

「見れば分かるわよ」

「いや私もない!」

「あなたはあるでしょう」

「そういう意味じゃない!」

「どういう意味よ」

「全部吹っ飛んだ!」

「私も全部吹っ飛んでるわよ!」

「寝ぼけてんの?」

 フィオラは額を押さえた。

「……なんで私たち、朝からトイレの話をしてるのよ」

「それは敵がトイレごと攻撃してきたからでしょ!」

「もっともね」

 フィオラは空中の男を見た。男はまだ落ちている。

「…………」

 フィオラの目が据わった。

「誰か」

「はい!」

 ユエリシアが即答した。

「修理業者呼んで」

「私!?」

「だってあなた暇でしょう」

「今すごく忙しいよ!?」

「そうね」

 フィオラは頷いた。

「私も忙しいわ」

「何してるの?」

「犯人を殺さない程度に怒ってる」

「それ忙しいの!?」

 そのときだった。街道の向こうから、三人の男女が歩いてきた。

 先頭にいるのは、金髪。黒いコート。貴族らしい端正な顔。

 ミハエル=シュピーゲル=フォン=フリードリヒ。

 その隣には銀髪の獣耳の女――サリサ。

 そして少し後ろには、茶色の長髪の女――リディア。

 三人は、目の前に広がる惨状を見た。

 トイレの残骸。倒壊した壁。呆然とする住民。そして空から落下してくるピエロ風の男。

 ミハエルは立ち止まった。

「…………」

 サリサも立ち止まった。

「…………」

 リディアも立ち止まった。

 三人とも黙った。しばらくして。リディアが言った。

「……あの」

「なんだ?」

「私、今からすごく嫌な予感がするんですけど」

「おお、奇遇だな」

 ミハエルは空を見上げた。

「わたしもだ」

 サリサが首を傾げる。

「何が起きたの?」

 ユエリシアが手を振った。

「トイレキル!」

「……ああ」

 サリサは理解した。

「トイレキルか」


「理解するな!」

 リディアが叫んだ。

「なんなのよその単語!?」


 フィオラが振り返った。

「サリサ」

「ん?」

「この男」

 フィオラが空を指差す。

「トイレキルの犯人」

「なるほど」

 サリサは男を見る。

「じゃあ殴っていい?」


「待って」

 リディアが割り込んだ。

「まず事情聴取でしょう!?」

「でもトイレ壊したよ?」

「それはそうだけど!」

「ならいいじゃん」

「よくない!」

 リディアは頭を抱えた。

「この国では建物を壊したら修理費が発生するの! ヴァーレンスは平和だから余計な戦闘被害を出すなっていつも言ってるでしょう!」


 ミハエルは頷いた。

「その通りだ」


 リディアがほっとする。

「さすがミハエル様。話が分かる――」

「では修理費を請求しよう」

「はい」

「払えないなら働いてもらえばいい」

「はい」

「それでも足りないなら――」

 ミハエルは空から落ちてくる男を見る。

「……事情を聞く」

 リディアは頷いた。

「それです。それが普通です」


 サリサが言った。

「でも、あいつ逃げるかもよ?」


「その場合は――」

 ミハエルが一歩前に出る。

「追えばいい」


「簡単に言うなあ!」

 リディアが叫ぶ。


 その瞬間。

 ズドォォォォォォォォン!

 男が地面に落ちた。

 土煙が舞い上がる。

「…………」

「…………」

「…………」

 全員が土煙を見る。

 やがて。

「…………痛ぇ」

 男が起き上がった。

 ミハエルが目を細める。

「生きているな」

 サリサが腕を組む。

「結構丈夫」

 ユエリシアが感心する。

「すごい!」


 フィオラは腕を組んだまま。

「丈夫なのはどうでもいいわ」

 そして。

「あなた」

 男が顔を上げる。

「は、はい」

「なぜトイレを壊したの?」

「…………」

 男が黙る。

「答えて」

「そ、それは……」

「暗殺?」

 ミハエルが言った。全員がミハエルを見る。


「え?」

 リディアが聞き返した。

 ミハエルは淡々と続けた。

「トイレキルという名称から考えれば、標的がトイレに入ったところを狙う暗殺手段だろう」

「なんでそんな分析が一瞬でできるのよ……」

「フィオラとユエリシアが標的だった」

 ミハエルは瓦礫を見る。

「しかし二人とも生存している」

「量子化したからね」

 フィオラが言う。

「私は再生した!」

 ユエリシアが胸を張る。

「つまり暗殺は失敗」

「そうなるな」

 ミハエルは男を見た。

「だが、問題は別にある」

「何?」

 サリサが聞く。

「この男は、我々がここにいることを知っていた可能性がある」

 リディアの表情が変わった。

「……なるほど」

 先ほどまでギャグに振り回されていた彼女の顔から、仕事人の顔が戻ってくる。

「偶然トイレを爆破したんじゃない」

「そうだ」

「つまり、私たちの行動を把握していた?」

「可能性はある」

「じゃあ、この男だけ捕まえても――」

「黒幕がいる可能性がある」

 サリサがニヤリと笑った。

「じゃあ聞けばいいじゃん」

 男を見る。

「誰に頼まれたの?」

「…………」

「言わない?」

「…………」

 サリサは拳を握った。

「じゃあ――」


「待て」

 ミハエルが止める。

「何?」

「殴る必要はない。バカになって答えられなくなるかもしれんだろう? サリサのイジリでは」

「でも」

「情報は殴って出すものではない」

 ミハエルは男を見た。

「交渉した方が早い」

 リディアが小さく笑った。

「ミハエルらしいわね」

 フィオラが言う。

「まあ、そうでしょうね」

 ユエリシアも頷く。

「お茶があればもっといいのにね」

「それは私も同意する」

 ミハエルが真顔で言った。

「…………」

 リディアが絶句する。

「この状況でお茶の話するんですか?」

「重要だ」

「重要なんですか?」

「重要だ」

 サリサが笑う。

「ミハエル、お茶好きだもんね」

「好きだ」

 フィオラが瓦礫を見る。

「私はトイレ直してほしい」


「私はお腹空いた!」

 ユエリシアが言う。


「私は修理費の請求書を書きたいんですけど!」

 リディアが言う。


 ミハエルは三人を見る。

「……見事に全員、関心が違うな」

「あなたもでしょう」

 リディアが突っ込む。

「私は情報収集だ」

「その次がお茶でしょう?」

「……否定はしない」


 サリサが笑った。

「じゃあ、このピエロどうする?」

 ミハエルは男を見る。男は恐る恐る立ち上がった。

「……あの」

「なんだ?」

「俺……」

 男が口を開く。

「……トイレを壊すつもりは……」

 全員の目が男に集まる。

「じゃあ何のつもりだったのよ?」

 フィオラが尋ねる。

「その……」

 男は震えながら答えた。

「……海賊KING戦に参加する奴らを……」

 ミハエルの目が変わった。

「海賊KING戦?」

 リディアも顔を上げた。

「……ファブリス諸島東方で行われる、あれ?」

「そうだ」

 ミハエルが呟く。

「なるほど」

 サリサが楽しそうに笑った。

「面白そうじゃん」

 フィオラが眉をひそめる。

「海賊ねえ……」

 ユエリシアの目が輝く。

「海!」

 リディアは頭を抱えた。

「……嫌な予感しかしない」

 ミハエルだけは静かだった。

 彼は壊れたトイレを一度見て。

 それから、遠くの海を見た。

「海賊KING戦か」

 そして。

「……行ってみるか」

「決まり!」

 サリサが即答した。


「えっ、決まったの!?」

 リディアが叫ぶ。


「行こうよ!」

 ユエリシアも手を挙げる。


「私も行くわ」

 フィオラが言った。


「……アンタラ」

 リディアは三人を見た。


 最後にミハエルを見る。

「ミハエル様まで……」


「心配するな」

 ミハエルは黒いコートを翻した。

「私たちは五人で行く」

「五人?」

「私、サリサ、フィオラ、ユエリシア、そして君だ」

「…………」

 リディアはしばらく黙った。

 そして諦めたようにため息をつく。

「……分かりました」

 彼女は腰のポーチを整える。

「ただし、私は戦闘要員じゃありませんからね」

「分かっている」

「交渉と交易、それから情報整理が仕事です」

「分かっている」

「勝手に海賊船へ突撃しないでください」

 サリサが目を逸らした。

「……善処します~~」

「あなたが一番信用できない!」

 ユエリシアが笑った。

「大丈夫だよ!」

「あなたもよ!」

 フィオラが言う。

「私たちは常識的に行動するわ」

「あなたも信用できない!」

 ミハエルが静かに言った。

「では出発の準備をしよう」

「あなたもです!」

 ヴァーレンス王都の外。平和な一日のはずだった。しかしその日。一つの公衆トイレが犠牲になったことをきっかけに――。

 ミハエル。

 サリサ。

 フィオラ。

 ユエリシア。

 リディア。


 五人の旅が始まった。行き先は、ファブリス諸島の東。海賊たちが集まり、誰が海の覇者――海賊KINGとなるのかを決める場所。

 そこには五人の有力候補がいる。それぞれ異なる思想。異なる能力。異なる勢力。そして、それぞれの「KINGになる理由」。五人の候補者たちは、まだ知らない。自分たちの前に現れる五人組が、KINGの座を奪うために来た者たちではないことを。

 ただ――。

 ミハエルは交易のため。サリサは面白そうだから。フィオラは異常事態の調査のため。ユエリシアは海へ行きたいから。そしてリディアは――。

「……どう考えても私だけ仕事で行くことになってるじゃない!」

 王都に響くリディアの叫び声。その横でミハエルが言った。

「ところでリディア」

「なんです?」

「今回の旅の説明は終わったか?」

「ええ。だいたいね」

 ミハエルは頷く。そして、ほんの少し口元を上げた。

「ここまでがワンセンテンスだ。よろしいか?」

「…………」

 リディアの顔が固まった。


 サリサが吹き出した。

「ちょっとミハエル、それ私が言うやつ!」

「そうか?」

 ミハエルはとぼける。フィオラが肩を震わせる。

「……あなた、絶対わざとね」


 ユエリシアは大笑いした。

「ミハエル、リディアの真似してる!」

「していない」

「してる!」

「していないもーん」

「してるって!」


 リディアが拳を握る。

「ミハエル様……」

「なんだ?」

「その言い方、二度としないでください!!」

 ミハエルは平然と答えた。

「善処しよう」

「絶対またやる人の返事じゃない!!」

 こうして。海賊KING戦の始まりは――壮大な陰謀でも、歴史的な宣戦布告でもなく。

 トイレキル事件と、リディアへの「ワンセンテンス」煽りから始まった。

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