Synopsis
雲の上で、不思議な生き物と合理性会議するぞー!
Chapter1
ヴァーレンス王国の王都、その目抜き通りから一本入った路地裏。石畳の道に、甘い砂糖と焦がしバターの香りが、霧のように低く漂っている。
看板には、繊細なフォントで『シュガー・ウィング』と刻まれていた。
店内は、外の喧騒が嘘のように穏やかな光に満ちている。魔導ランプの放つ暖色系の灯りが、ショーケースに並んだ色とりどりのケーキを、宝石のように艶やかに照らし出していた。
その店の一角。
窓際の大きな丸テーブルを占拠しているのは、およそこの落ち着いた空間には不釣り合いな、華やかすぎる五人の少女たちだった。
「はいっ! 皆さま、こんにちはー! わ~チャンネル、記念すべき第何回だっけ……まあいいや! とにかく! アン・ローレンの『風まかせラジオ』、本日も元気いっぱいにスタートですっ!」
銀色の髪を揺らし、身を乗り出すようにして叫ぶのは、アン・ローレン。
鮮やかなエメラルドグリーンの衣装に身を包んだ彼女は、卓上に置かれた小さな、浮遊する魔導端末に向かって、弾けるような笑顔を振りまいている。
その端末の表面には、視聴者からのコメントと思われる光の文字が、滝のように流れ落ちていた。
「今回のテーマは、ズバリ『ミステリアス・ガールズ』! 私たちの身近に潜む、人知を超えた存在の生態に迫っちゃおうという企画です! というわけで、本日のゲストはこの方! ヴァーレンスの誇る(?)桃色雪女、桜雪さゆちゃんでーす!」
アンの派手な紹介とともに、カメラ……もとい、魔導端末のレンズが隣へと向けられる。
そこに座っていたのは、季節外れの、しかし驚くほど精緻な刺繍が施された十二単を纏った少女。
桜色の髪が、店内の柔らかな光を吸い込んで、ぼうっと発光しているようにも見える。
「ももももーん! 紹介に預かりました、さゆですよん。みんな、生きてる~?」
さゆは、優雅に扇子を広げると、いたずらっぽく片目を瞑ってみせた。
その仕草ひとつで、魔導端末の向こう側が熱狂に包まれるのが、アンの持つ受信感度の数値から伝わってくる。
「さ、さゆ……。ラジオだって言ってるのに、なんでそんなに気合の入った格好してるのよ」
呆れたような声を上げたのは、天馬蒼依だ。
膝上二十センチはあろうかという大胆なミニスカートの巫女装束。黒髪の姫カットを揺らしながら、彼女は目の前に置かれた抹茶パフェの白玉を、不機嫌そうにスプーンで突いている。
160センチという、女性としては平均的な背丈ながら、その全身から放たれる「動」のオーラは、隣に座るアンにも引けを取らない。
「いいじゃないの、蒼依ちゃん。これは『正装』。わたくし、雪女界のインフルエンサーを目指してるんだもん」
「雪女界って何よ……。そもそも、あんた一人しかいないじゃない、この辺に」
蒼依のツッコミを柳に風と受け流しながら、さゆは手元の『特製・煮えたぎる炎のフォンダンショコラ』に手を伸ばした。
そのケーキからは、普通の人間なら火傷をしかねないほどの熱気が立ち上っている。
「はいはい! そこ、身内揉めしない! 放送中だよ!」
アンが慌てて割って入り、進行を軌道修正する。
「えー、さて。雪女といえば、伝承では『冷たい雪山で、迷い込んだ男の命を奪う』なんて恐ろしいイメージがありますけど……さゆちゃん、実際のところはどうなの? やっぱり、冷たいものしか食べられないの?」
その問いに対し、さゆは事もなげに、スプーン一杯の、熱々のチョコレートを口に運んだ。
「あむ」と小さな音がしそうなほど可愛らしい動作。
直後、さゆの周囲の空気が、一瞬だけゆらりと陽炎のように揺れた。
「ん~、デリシャス! このマグマのような熱さ、故郷の富士山を思い出すわぁ」
「……え、今なんて?」
アンが目を丸くする。
隣で、おっとりとハーブティーを啜っていたガートルード・キャボットが、不思議そうに小首を傾げた。
銀白色の短いボブカットが、柔らかな光を反射して、天使の輪を作っている。
「さゆさん……。今、マグマっておっしゃいました? 雪女さんって、氷から生まれるものでは……?」
ガートルードの声は、鈴を転がすように澄んでいる。
白いドレスに身を包んだ彼女の姿は、この場に舞い降りた聖女のようだが、その瞳には純粋な好奇心が宿っていた。
「ふっふっふ、甘いわね、ガーちゃん。普通の雪女はそうかもしれないけど、わたくしは『特別』なの。富士山の火口のど真ん中、煮えくり返るマグマの中から産声を上げた、ハイブリッド雪女なのよん!」
「ハイブリッドって……。それ、もう雪女じゃないじゃない。火女(ひおんな)でしょ、それ」
ユーナ・ショーペンハウアーが、我慢しきれずといった様子で口を挟んだ。
水色の長い髪をサイドで結び、活発そうな青いセーラースタイルのミニスカート姿。彼女は好奇心の塊のような紺色の瞳を輝かせながら、さゆの身体を穴が開くほど観察している。
「不思議よねぇ……。魔法の理論で言えば、氷と炎は相反する属性。それが一つの肉体に同居してるなんて。さゆ、ちょっと触らせて。体温はどうなってるの?」
「いいわよん。はい、どうぞ」
さゆが差し出した白い手首を、ユーナが恐るお恐る指先で突く。
その瞬間、ユーナの顔が、驚きに固まった。
「……あ、熱い! ……あ、あれ? 冷たい? えっ、どっち!?」
「あはは! わたくしの体温は、見る人の心の温度によって変わるの。嘘。本当は、気分で変えてるだけ。今はフォンダンショコラモードだから、表面温度は八十度くらいあるかもね」
「八十度!? お茶が淹れられるじゃない!」
アンが絶叫し、魔導端末のコメント欄が『茶器さゆ』『お湯要らず』といった文字で埋め尽くされる。
「さて、生態調査その二! 雪女は空を飛べるのか!? さゆちゃん、これについて詳しく教えて!」
アンが食い気味に身を乗り出す。
アン自身、風の魔法を使いこなす魔法剣士だが、翼も持たずに空中を自在に舞うさゆの移動法には、以前から興味があったようだ。
「飛べるわよ。でも、羽を動かすみたいな原始的なことはしないわ。妖力で、自分という存在の重さを『忘れる』の。そうすると、世界が勝手にわたくしを押し上げてくれるのよん」
「重さを忘れる……? 哲学的な話になっちゃったわね」
蒼依が呆れたように溜息をつく。
「要するに、浮遊魔法の超高度なやつでしょ。あんた、たまに十二単のまま逆さ吊りになって空飛んでるわよね。あれ、パンツ見えそうで冷や冷やするからやめてほしいんだけど」
「あら、見えてもいいのよ? わたくしの身体は、実体があるようでないんだから」
さゆが意味深に微笑む。
その瞬間、彼女の右腕が、ポロリと肩から外れた。
「ギャアアアアアアアアアアアアア!」
アンとユーナの悲鳴が、店内に響き渡る。
ガートルードは、あまりの光景に「ひぇっ……」と声を漏らし、持っていたティーカップを危うく落としそうになった。
「な、な、な……!? 腕! 腕が落ちた! 救急車! いや、ヒーラー! ガーちゃん、早く!」
「は、はいっ! 癒しの光よ、集え……!」
慌てて魔法を唱えようとするガートルードを、さゆは残った左手で制した。
宙に浮いたままの右腕が、まるで生き物のように指を動かし、アンの頬を「つん」と突く。
「大丈夫よん。妖怪だもん。身体がバラバラになっても、パーツごとに動かせるの。これ、おままごとの時に便利なのよ? 一人で五人役とかできるし」
「便利の方向性がおかしいわよ!」
蒼依が、外れた腕をひっつかみ、さゆの肩に無理やり押し付けた。
「ほら、さっさとくっつけなさい! 営業妨害でしょ、こんなの!」
「ももーん。蒼依ちゃんは相変わらず乱暴ねぇ」
さゆはケロリとして、腕を元の位置に収めた。
まるで最初から何もなかったかのように、皮膚は白く滑らかなままだ。
「……信じられない。今の、魔法的な回路はどうなってたの……?」
ユーナが、震える手でメモを取っている。
「神経系が繋がってない状態で、どうやって信号を伝達してるのか。それとも、個々のパーツが独立した意志を持っている……? だとしたら、それはもう群体生物……」
「ユーナ、解析モードに入らないで。視聴者が置いてけぼりだから」
アンが頬を引きつらせながら、カメラを自分の方へと引き戻した。
「……え、えーと。皆さん、ご覧いただけましたでしょうか。これが雪女……というか、桜雪さゆという生き物の真実です。……正直、私もちょっと後悔してます。もっと可愛い、雪の結晶を作るコツとか、そういう話を聞くつもりだったのに……」
「雪の結晶? そんなの、息を吹きかければ適当にできるわよ。ほら」
さゆが、ふうっと空中に息を吐き出した。
すると、店内の温かい空気が一変する。
テーブルの上に、精緻を極めた、それでいてどこか「燃えている」ような赤い氷の結晶が、いくつも浮かび上がった。
「わぁ……綺麗……」
ガートルードが、思わずといった様子で手を伸ばす。
その結晶は、氷でありながら、中心部で小さな炎が脈動しているような、不思議な輝きを放っていた。
「これが、わたくしの作る『桜氷(さくらごおり)』。溶ける時、春の香りがするのよん」
「……へぇ。あんたにしては、まともな特技じゃない」
蒼依も、その美しさには毒気を抜かれたようで、少しだけ表情を和らげた。
「でも、これ、ただの氷じゃないんでしょ?」
ユーナが鋭く指摘する。
「この赤い光……。もしかして、周囲の魔力を吸収して燃焼してる? 放置しておくと、この店中の魔力が吸い取られちゃうんじゃ……」
「あ、バレた? 三十分もすれば、このお店の魔導コンロ、全部火が消えちゃうかもね。ももももーん!」
「今すぐ消しなさいよ!」
アンの絶叫と共に、放送画面には『強制終了』の文字が躍り、画面は砂嵐へと変わった。
静寂が戻った『シュガー・ウィング』。
アンは、ぐったりとテーブルに突っ伏している。
「……もう、二度とさゆをゲストに呼ばない……」
「そんなこと言わないでよ、アンちゃん。視聴率、過去最高だったじゃないの」
さゆは、最後のフォンダンショコラを飲み干すと、満足そうにお腹をさすった。
「さて、お代はアンちゃん持ちよね? ごちそうさま!」
「ちょっと、待ちなさいよ! なんで私が全部払うのよ!」
「えー、だって、わたくし『ゲスト』だもん。おもてなしされるのが普通でしょ?」
「……アン、諦めなさい。こいつに理屈は通じないわ」
蒼依が、空になったパフェのグラスを置き、財布を取り出す。
「……私の分と、ガーちゃんの分は、魂の欠片で払っておくわ。アン、あんたの分は……まあ、経費で落とせば?」
「……もう、そうする。わ~チャンネルの運営に、特別危険手当として請求してやるんだから……」
そんなやり取りを、ガートルードが微笑ましそうに見守り、ユーナはまだ、さゆの食べ残した氷の結晶を魔導顕微鏡(自作)で観察し続けていた。
外は、ヴァーレンスの穏やかな夕暮れ。
空には、さゆが吐き出した名残の、赤い雪が、一瞬だけキラリと光って消えた。
不思議な生き物と、それに振り回される少女たちの一日は、こうして騒がしくも温かに、幕を閉じていく。
窓の外を流れる雲が、アンの銀髪と同じ色に染まっていた。
「……あ、そうだ。アンちゃん」
帰り際、さゆがふと思い出したように振り返った。
「なによ。もう爆弾発言はお腹いっぱいよ」
「次の放送、いつ? 次は、わたくしの『バラバラ死体ごっこ』の、もっと詳しいやり方を教えようと思って」
「絶対にやらないからね!」
店内に、本日一番の、そして最も心からの叫びが響き渡り、隣のテーブルの客が驚いてフォークを落とした。
その音さえも、この平和な王国の、ありふれた日常の調べの一部となって溶けていく。
さゆは、ひらひらと十二単の袖を振りながら、夕闇に溶けるように歩き出した。
その足取りは軽く、まるで大地から数ミリ浮いているかのようだった。
その後ろ姿を見送りながら、アンは深く、深く溜息をつき、そして少しだけ、次の放送の構成を考え始めていた。
「……次は、もう少し、安全なゲストにしよう。……例えば、筋肉の王様とか」
「……それ、もっと地獄だと思うわよ」
蒼依の冷静なツッコミが、秋の夜長に冷たく響いた。
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