今日もミッションが始まる
Synopsis
六本木の超高層ビルで、潜入任務にあたっていたギャル姿の工作員・サナ。彼女は、持ち前の「世界が色や線で見える異常な空間把握能力(バイブス)」を武器に、国家の裏金や人間兵器計画が隠された最高機密データ「ゼウス」の奪還に成功する。
しかし、その場に裏社会最強の始末屋「御前(ゴゼン)」が強襲。地上二百メートルからの決死のダイブで窮地を脱したサナだったが、隠れ家まで追ってきた御前との死闘の中で、自身の能力が多国籍暗黒複合体「カドゥケウス」に植え付けられたものであると覚醒する。
サナは、雇い主の店長と協力して倉庫を爆破し、御前を巻き込んで決死の脱出を果たす。データが記録されたスマホは消失したかに見えたが、サナの脳はすべてのデータを完全に記憶(ダウンロード)していた。
数ヶ月後の渋谷。サナと店長は世界中にカドゥケウスの闇を暴露し、組織に大打撃を与える。再びサナの前に現れた御前に対し、サナは自分の「バイブス」を信じ、終わりなき戦いへと堂々と立ち向かっていく。
Chapter1
六本木の夜景は、いつ見ても「作り物」って感じがして、マジでバイブス上がんない。
地上二百メートル。全面ガラス張りのスカイラウンジには、鼻に付くほど高価な香水の匂いと、嘘くさい笑い声が充満している。どこかの大企業の重役やら、顔だけは綺麗な政治家やらが、金と権力を隠し味にしたシャンパンを啜っていた。
「あー、マジで足痛い。このヒール、可愛すぎだけど歩くの向いてなくね?」
私は手元のグラスを弄りながら、独り言をこぼす。
背中が大きく開いたショッキングピンクのドレスに、完璧にセットされた巻き髪。ネイルは新作のクリスタルデコで、瞬くたびにラウンジのシャンデリアを反射してキラキラ光る。
どこからどう見ても、パパ活か何かで紛れ込んだ場違いなギャル。それが今の私の「役(ロール)」だ。
「サナ、聞こえる? ターゲットは北側のVIPルームに入った。予定通り、五分後に陽動をかける」
右耳の奥、隠しイヤホンから店長の枯れた声が響く。私はスマホを取り出し、自撮りをするフリをして画面を確認した。
「了解(りょー)。てか店長、ここのカナッペ、マジで味が薄いんだけど。もっとガツンとくるのないわけ?」
「贅沢を言うな。仕事だぞ」
「わかってるってーの。サクッと終わらせて、帰りに辛いラーメン食べて帰るし」
返事をしながら、私は周囲を「視る」。
普通の人間が見る景色じゃない。警備員の視線の角度、腰に下げた警棒の重さ、天井の監視カメラが首を振る周期。それらが色のついた線となって、私の脳内に勝手にマッピングされていく。
思考はしていない。ただ、景色が「そう見えている」だけ。
店長はこれを「天才的な空間把握能力」とか呼ぶけれど、私に言わせれば単なる「バイブス」だ。危ない場所は色が濁って見えるし、安全な場所は透き通って見える。それだけの話。
「……あ、濁ってきた」
VIPルームの扉が開き、屈強な男たちが二人、外に出てきた。腰の膨らみはサブマシンガンだろう。
私はふらふらとした足取りで、酔っ払った女を演じながら、その脇を通り抜ける。
「あ、ごめーん、トイレどっちだっけぇ?」
「……あっちだ。一般客は立ち入るな」
男の一人が冷たく私を指差す。その指先、爪の形が整っていない。不潔。
私は「うわ、怖ぁい」とわざとらしく肩をすくめ、男たちが視線を外した一瞬――その瞬きよりも短い隙間に、死角へ滑り込んだ。
そこからは「静」の世界だ。
華やかなパーティーのBGMが遠ざかり、空調の低い唸りだけが響くバックヤード。
私はヒールを脱ぎ捨て、裸足でカーペットを駆ける。足の裏から伝わる微かな振動。
ターゲットの部屋の前。監視カメラがこちらを向く直前、私はネイルのデコを一つ、指先で弾いた。
精密に加工された超小型のジャミングチップが、レンズの死角に張り付く。
「……よし、入るよ」
カードキーを複製したスマホをかざし、ロックを解除する。
室内には、重厚なデスクと巨大なサーバー。そして、目的の機密データが収められたハードドライブ。
作業は一瞬だった。データを吸い出し、痕跡を消す。
けれど、そのデータを手にした瞬間、私の指先を嫌な冷気が走った。
……重い。
物理的な重量じゃない。このデータに込められた、何万人もの命を簡単に「消去」できてしまうような、どす黒い熱量。
「……マジか。これ、持ち帰るの超だるそう」
その直後だった。
私の「バイブス」が、真っ赤に燃え上がるような警告を発したのは。
――ドォォォォンッ!!
爆発音ではない。けれど、それに匹敵する重圧が、部屋の空気を震わせた。
扉が蹴破られる音。
同時に、私の意識は「ギャル」から「工作員(スパイ)」へと完全に切り替わった。
「動くな! 手を上げろ!」
黒いタクティカルウェアに身を包んだ一団。手にはレーザーサイト付きの銃。
逃げ場はない。ここは地上二百メートルの密室だ。
普通なら、ここで詰み。論理的に考えれば、降伏以外の選択肢はない。
けれど、私の脳は「論理」なんて不純物を、最初から持ち合わせていない。
「……ねぇ、お兄さんたちのその格好、マジでセンスないよ?」
私は薄笑いを浮かべながら、一歩前へ出た。
先頭の男が引き金に指をかける。その動きが、スローモーションのように見える。
男の筋肉が収縮し、発火の衝撃が銃身を伝わる。その「前兆」を、私は肌で感じていた。
一歩。
左足を斜め前に踏み出し、上半身を低く沈める。ボクシングのピーカブースタイル。
銃弾が私の髪を掠めて背後の壁に着弾する音と、私の拳が男の腹部にめり込む音は、ほぼ同時だった。
――ゴズゥンッ!
手応えは重い。肉が潰れ、腹筋を突き破って内臓を揺らす感覚。
男の身体が「く」の字に折れ、肺から空気がすべて絞り出される。
「がはっ……」
呻き声すら上げる暇を与えない。私は男の顎を、下から突き上げるように右拳を叩き込んだ。
――バキィッ!
鈍い衝撃音が頭蓋骨を共鳴させる。男の意識は一瞬で闇に沈み、白目を剥いて崩れ落ちた。
「なっ……撃て! 撃ち殺せ!」
後続の男たちが叫ぶ。
狭い室内で銃声が重なり、火花が散る。
私は倒れた男を盾にしながら、獣のような身のこなしで床を転がった。
思考は停止している。ただ、身体が「正解」を選び続ける。
弾道が見えるわけじゃない。ただ、「ここには弾が来ない」という確信がある場所へ、身体が勝手に滑り込んでいくのだ。
二人目の男の懐に潜り込む。
相手が銃口を下に向けるより早く、私の肘がその喉笛を捉えた。
――ドシュッ。
鋭い衝撃。男が喉を押さえて悶絶する。
返り血が、私のピンクのドレスに鮮やかな斑点を作った。
「あーあ、これ、お気に入りだったのに。マジ最悪……」
独りごちながら、私は三体、四体と「処理」していく。
拳を振るうたび、骨が砕ける感触が腕を伝って脳を刺激する。
ドゴォッ、ゴズゥン、バキィッ。
重低音のビートが、私の鼓動とシンクロする。
この瞬間だけだ。
この、自分がいつ壊れてもおかしくない死線の中で、肉を打ち、命を削り合っている時だけ、私は自分が「生きている」ことを実感できる。
他のみんなが味わっている「幸せ」とか「安心」とか、そういうぬるいバイブスは、私には一生理解できない。
私は孤独だ。
この圧倒的な力を持ってしまったせいで、誰とも「痛み」を分かち合えない。
でも、それでいい。
この孤独が、私を誰よりも強くする。
「……でも、さすがに多いね。マジだるいんだけど」
増援の足音が廊下に響く。十人……いや、二十人。
窓の外を見る。
夜霧の向こうに、隣のビルが見えた。
距離は約二十メートル。
そのビルの方が少しだけ位置が低い。
「店長、聞こえる? 今から帰るから」
「サナ! 囲まれているんだろう? 投降して時間を稼げ、今……」
「やだ。お腹空いたし」
私はイヤホンを切り、窓ガラスに向かって全速力で走り出した。
「おい、何を……止まれ!」
背後から銃声が響く。
私は躊躇わなかった。思考すれば足が止まる。
「なんとなく、行ける気がする」
その直感だけを信じて、私はヒールを脱ぎ捨てた裸足で、強化ガラスを蹴り破った。
――パリンッ!
宝石のように砕け散るガラスの破片とともに、私は夜空へと躍り出た。
浮遊感。
二百メートルの高さ。眼下にはミニチュアのような街の灯り。
冷たい夜風が、血の匂いを孕んだ私の髪を激しくなびかせる。
一瞬、世界から音が消えた。
重力に引かれ、私の身体が弧を描く。
隣のビルの屋上、ヘリポートの緑色のライトが、急速に近づいてくる。
「……着地(ランディング)、マジで綺麗に決めないと、爪割れちゃうし」
滞空時間の数秒が、永遠のように長く感じられる。
私は空中で身体を丸め、衝撃に備えた。
――ドォォォォォンッ!!
隣のビルの屋上に着地した衝撃が、足首から背骨を突き抜け、脳を揺らした。
コンクリートが削れる音。私の身体は数メートル滑り、縁のギリギリで止まった。
「……っつ。……マジ、痛すぎ」
立ち上がり、折れた爪を眺めて溜息をつく。
ピンクのドレスはボロボロで、全身は泥と血に汚れている。
振り返ると、さっきまでいたビルの窓から、警備員たちが呆然とこちらを見ていた。
私は彼らに向かって、中指を一本立てて見せた。
「バイバイ。お兄さんたち、次はもっといい服着なよ」
ネオンの光が、私の孤独な影を屋上に長く伸ばしていた。
夜はまだ、始まったばかりだ。
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数ヶ月後。
渋谷のスクランブル交差点は、相変わらず人混みとノイズで溢れ返っていて、マジでバイブスが混沌としてる。
私は新しくリニューアルしたお気に入りのカフェのテラス席で、超特
「……起動(エンゲージ)、か」
御前が初めて、その冷徹な顔に微かな愉悦の笑みを浮かべた。
「やはりお前は、あの研究所の生き残りだな。だが、不完全なプログラムがどこまで通用するか
車は首都高を抜け、湾岸エリアの寂れた倉庫街へと滑り込んだ。
潮の匂いと、錆びた鉄のバイブス。六本木の嘘くさい華やかさとは真逆の、コンクリートと闇だけの世界。
「着いたぞ。ここが
黒スーツの男――いや、「おじさん」は、私の挑発に眉ひとつ動かさなかった。
ただ、その冷徹な瞳がわずかに細められる。
「……身の程を知らぬな、小娘」
次の瞬間、男の姿







