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灰色の揺りかごで、私は罪を知る

灰色の揺りかごで、私は罪を知る

Last Updated: 2026-08-17 01:58:17
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Synopsis

「灰色の揺りかごで」第3弾


2026.08.15 シリーズ統合のため内容修正。


巨大企業Helix Dynamicsが命を「生体資産」として管理する2287年。新人データ処理員リアナ・セイルは、本社第42階層でクローン兵士たちの損耗記録を、ただの数字として処理していた。だが、監査データのわずかなズレを追ったことで、彼女は禁じられた機密階層へアクセスしてしまう。


そこにあったのは、酸性雨の戦場で使い捨てられ、回収もされず腐敗していく少女型クローン兵士たちの映像。そして、証拠隠滅のために第7惑星そのものを反物質兵器で消去する「Aegis-Prime惑星滅菌プロトコル」だった。


真実を知った瞬間、リアナは企業にとって排除すべきエラーとなる。保安局に処分されかけた彼女は、敵対企業の工作員に拉致されるが、逃亡シャトルは企業艦隊の攻撃を受け、第7惑星の廃棄セクターへ墜落する。


酸性雨と泥濘の中で目覚めたリアナは、自分が台帳上で処理していた「Unit-E84-Zeta」と「Unit-K01-Alpha」――血と肉を持ち、恐怖に震えながら生きている二人のクローン兵士と出会う。


数字の向こう側に命があった。 その事実を知った時、リアナは自らの無知という罪を背負い、滅びゆく惑星から真実を持ち帰る証言者として生き残ることを決意する。


Chapter1

第一章:無菌室の帳簿

――誤差の向こうで誰かが生きている――


**[HELIX DYNAMICS CORP — 内部監査システム自動記録]**

**[ログID:HD-AUDIT-42F-0914-L]**

**[タイムスタンプ:2287.11.02 / 14:22:18 UTC+0 / 本社第42階層・データ処理セクター]**

**[対象:リアナ・セイル / 社員ID:HD-EMP-88321 / 等級4]**

**[現在タスク:生体資産の減損処理および台帳更新]**


Helix Dynamics本社、第42階層。室温22.0度。湿度45.0%。空調設備は人間が不快を覚えない範囲から、さらに誤差を削り落とした値を一日中維持していた。

リアナ・セイルは、その空気を疑ったことがなかった。

青白い網膜ディスプレイの中央には、何万行もの表が開かれている。列は製造番号、配備先、稼働日数、修復費、残存テロメア長、回収可能部位、損耗分類。末尾には会計処理のための残存価値が並んでいた。


彼女の仕事は、それらを正しく処理することだった。

正しく、とは、数字同士を一致させるという意味である。


**[在庫ステータス更新申請]**

**[Unit-E82-Delta:DEPLETED / 残存価値:0.00 Cr]**

**[Unit-E83-Epsilon:DEPLETED / 残存価値:0.00 Cr]**

**[処理件数:4,812 / 未処理:19,044]**


リアナは承認キーを押した。

Unit-E82-Deltaという存在について、彼女が知っていることは多い。製造バッチ、配属時期、BCIの平均遅延、月あたりのテロメア短縮率、損耗部位、再生ポッドへ入れるより新規個体を製造した方が安いという判断。


だが、その個体が何を好み、どんな声で笑い、痛い時にどんな顔をしたのかは知らない。

知る必要のない項目だった。


「リアナ、昼休憩行かないの?」


隣席の同僚が訊いた。


「これだけ終わらせたら」


「また数字と喧嘩してる」


「数字は喧嘩しないわ。間違ってる方が負けるだけ」


同僚は笑い、先に席を立った。

リアナは笑い返せなかった。月次報告と廃棄台帳の集計値が一致していなかったからだ。

差異、0.02%。


通常なら誤差として丸めても監査基準内。処理量から見れば微細で、誰も困らない。

だからこそ気になった。

彼女は集計式を開き直した。製造ロット別、配備先別、損耗理由別。どれも合う。最後に、回収不能と処理された個体数だけが二十七件多かった。


「二十七……」


独り言が空調音に吸われる。


二十七件。二十七個体。会計上は切り捨てても総額への影響はほとんどない。

しかし、元データが正しければ、どこかに二十七件分の処理記録が存在しなければならない。

リアナは自動報告ボタンへ指を伸ばし、止めた。


いつもなら押していた。

その日は、なぜか一階層だけ深く潜った。

古い互換API。統合前の監査テーブル。権限移行時に消し忘れた参照リンク。


等級4の社員が開けるはずのない扉が、警告ではなく数秒の待機表示を出した。


「……開くの?」


**[Legacy Audit Bridge:接続]**

**[権限照合:部分成功]**

**[機密区分:TIER-Ω / READ ONLY]**

**[警告:当該領域は通常業務の参照範囲外です]**


画面から表が消えた。

映像が開いた。


酸性雨。泥。壊れた装甲。少女の死体。


リアナは最初、それが演習映像だと思った。

だが、横たわる少女たちの首筋には、見慣れたバーコードが刻まれていた。同じ顔。似た体格。同じ製造バッチ。腹部を失った個体も、片脚だけが残った個体も、視線の先には管理番号が付いている。


Unit-E82-Delta。

数秒前、自分が0.00 Crへ更新した番号だった。

リアナの指が止まる。


彼女は机の上で死んでいなかった。


ここで死んでいた。


泥の中で。

血を流して。

映像には音声も残っていた。


誰かが痛いと叫んでいる。


別の誰かが母親らしき単語を繰り返している。

それを戦術記録AIが「戦闘継続に不要な音声」と判定し、圧縮率を上げていた。

リアナは再生を止めた。


吐き気は来なかった。

代わりに、自分がさっき押した承認キーの感触だけが、指先へ戻ってきた。

次のファイルが自動で展開する。


**[第7惑星危機会計付属資料 / Aegis-Prime照合ミラー]**

**[入力元:Helix Dynamics第7惑星統括会計網]**

**[入力完全性:未確定 / 欠損索引あり]**

**[惑星資産価値:回復費用を下回る可能性]**

**[危機処理候補:惑星滅菌プロトコル]**

**[実行主体候補:連合承認下・外部実行艦隊]**

**[最終承認領域:参照不能]**


「滅菌……?」


リアナは資料をスクロールした。

Helix側の添付理由には、感染拡大、制御不能生体兵器、回収不能、長期封鎖費用、航路汚染リスクが並んでいる。

そのどこにも、先ほど見た少女たちの映像は添付されていなかった。


未承認の人体実験。

回収可能な生存個体。

研究部門が意図的に埋め込んだ強制老化。


それらは、危機会計へ渡る前に別テーブルへ分離されていた。

リアナは息を呑んだ。

Aegis-Primeが何を考えているかではない。


その計算へ入る前の数字が、すでに汚されている。


「入力が……違う」


彼女は初めて、仕事の癖で資料を見た。


恐怖より先に、突合した。


生存者数と回収不能数。研究対象と感染源。兵器損耗と医療損耗。

同じ個体が別コードで二重計上され、逆に生存者は「汚染物」として資産台帳から外されていた。

0.02%。


たったそれだけのズレは、二十七件の記録漏れではなかった。

巨大な虚偽会計の継ぎ目だった。

リアナは反射的に、自分の社員医療データを比較画面へ出した。自然出生者。生殖系列改変なし。人工テロメア制限なし。p53機能正常。これまで意味を考えたこともない健康診断の項目が、クローン兵士のデータと並んだ瞬間、異様な差として見えた。


彼女たちの短命は病気ではない。

仕様だった。


「こんなの……」


声が続かない。

リアナがこの仕事に就いてから、まだ七か月しか経っていなかった。

大学では情報会計と監査工学を学んだ。巨大企業の統合基幹系を支える仕事に憧れていたわけではない。安定した給与、社員居住区、医療保険、空調の壊れない部屋。母から届く「大企業に入れてよかったね」という短いメッセージ。それらを失わずに済む職場だったから選んだ。


新人研修では何度も教えられた。


「感情を入力値にするな」


「事実と推測を分離しろ」


「欠損を都合よく補完するな」


その三つを、リアナは優等生のように守ってきた。

皮肉なのは、その規則こそが今、Helixの帳簿を疑わせていることだった。

0.02%の差異を追う途中、彼女は同じ日付の二つの集計表を見つけた。一つは現場医療網から来たもの。もう一つは危機会計へ渡されたもの。


前者には「生存・搬送不能」と書かれた二十七個体がいる。

後者にはいない。

代わりに「感染源推定二十七」が増えている。


人数が同じ。


「まさか……」


リアナは社員用メッセージ欄へカーソルを置いた。

主任へ照会を送るだけなら規定内だ。

しかし手が止まった。


主任の承認印が、危機会計側の変換ログに残っていたからだ。

さらに上の課長。

監査統括。


研究部門法務。

同じ暗号署名が連鎖している。

これは一人のミスではない。


誰かが黙って直せば済む種類のエラーでもない。

リアナは背筋が冷たくなるのを感じた。

隣席の空いた椅子。さっきまで笑っていた同僚のマグカップ。壁に表示される「安全・成長・生命科学で未来を創る」という企業標語。


全部が急に遠くなった。


「感情を入力値にするな」


研修教官の声が蘇る。

ならば感情を除いて見ればいい。

二十七個体は生存していた。


それを感染源に書き換えた者がいる。

その結果、惑星全体の回収価値が下がった。

計算は正しい。


入力が嘘だ。


リアナは自分の呼吸数を数えた。


一、二、三。


怖い。


だが怖いことと、数値が一致しないことは別だ。

彼女は監査保全用の一時領域へ、差異表だけをコピーした。

外へ送る意図はなかった。


ただ、消された時に比較できるようにしたかった。

その行動が、後に彼女を生かす最初の一手になるとは、この時は知らなかった。


**[内部監査キャッシュ / 自動保全]**

**[差異レコード:27]**

**[変換前分類:SURVIVOR-UNRECOVERED]**

**[変換後分類:BIOHAZARD-SOURCE]**

**[署名連鎖:一部破損 / 監査対象候補として隔離]**


リアナは画面を閉じようとした。

その瞬間、別の小さなウィンドウが開いた。

社員医療データ。


本人照合のため自動的に呼び出されたらしい。

自然出生。遺伝子改変なし。人工テロメア制限なし。p53正常。

対して隣に表示されたクローン兵士の標準設計には、TERT-KO、p53 R175H、BCI接続耐性、強制老化係数。


「寿命を……短くしてる?」


生産周期と運用コストの最適化。

資料にはそう書かれていた。

リアナは椅子に座ったまま、掌を見た。


自分の細胞は、誰かに停止日を決められていない。

それを「普通」だと思っていた。

だが彼女たちには、製造時点から廃棄予定日が埋め込まれている。


この差を、世界は技術仕様と呼んでいた。

画面右上のアクセスランプが緑から赤へ変わった。

サイレンは鳴らなかった。


その方が怖かった。


周囲では、誰も顔を上げない。

人事部門の制服を着た三人が、吸音カーペットの上を歩いてくる。

先頭の男が端末を確認した。


「リアナ・セイル。監査上の照会事項があります」


「私、何も——」


「端末から手を離してください」


穏やかな声だった。

右手には細い注射器があった。

リアナは椅子を蹴った。


同時に、背後の強化窓が爆発した。

室内の空気が白い霧になって外へ吸い出される。硝煙。破片。悲鳴。赤地に白のTMCマークを付けた装甲工作員が窓から突入し、保安局員を撃ち倒した。


「対象確保!」


「待って、私は——」


「生きた鍵だ。口を動かすな」


手首を捻られ、リアナは床へ引き倒された。

その瞬間になって、ようやく理解した。

Helixにとっても、TMCにとっても、自分は人ではない。


前者には消すべきエラー。

後者には利用価値のある鍵。


分類名が違うだけだった。


連れ出される直前、リアナは一度だけ自分の端末を見た。

0.02%の赤い差異が、まだ画面の隅に残っていた。


**[未承認アクセス:検知]**

**[ユーザー:HD-EMP-88321]**

**[監査保全フラグ:自動生成]**

**[外部送信:未実行]**


工作員の逃亡シャトルは、第42階層から直接上昇した。

リアナは拘束席へ固定され、八G近い加速度に胸を潰されながら、何度も意識を失いかけた。


「どこへ連れていくの」


正面の工作員は答えない。


「私のデータが欲しいなら、あれを見たでしょう。第7惑星が——」


「喋るな」


「滅菌される」


一瞬だけ、工作員の目が動いた。

その反応だけで十分だった。

TMCも知っている。


救うつもりはない。ただ、崩壊する前にHelixの機密を奪いたいだけだ。

警報が鳴った。


**[レーザー照射警告]**

**[発生源:低軌道 / 所属識別:Helix Dynamics系迎撃艦]**

**[回避可能性:低]**


白い光が左舷を切った。

推進器が蒸発し、シャトルが回転する。工作員の一人が裂けた隔壁から吸い出された。拘束ベルトがリアナの肩へ食い込む。

窓の外では、宇宙の黒が灰色の雲へ反転していった。


落ちている。


第7惑星へ。


「最悪だ……!」


誰かの叫びの直後、地面が来た。

世界が潰れた。

次にリアナが感じたのは、頬を焼く冷たい雨だった。


泥水を吐き、四つん這いになる。

空気が臭い。錆、硫黄、焦げた樹脂、腐った肉。

無菌室には存在しなかった匂いばかりだった。


真っ二つになったシャトルの周囲に、企業ロゴを持たない傭兵たちがいる。

その背後に、二人の少女が立っていた。

一人は傷だらけで、冷たい目をしている。


もう一人は白い肌を泥で汚し、怯えたように前者の背へ隠れている。


首筋の番号。


『Unit-E84-Zeta』


『Unit-K01-Alpha』


リアナは知っていた。

二人の残存稼働期間も、修復費も、廃棄予定日も。

ほんの数時間前まで、その数字を知っていることを「仕事ができる」と思っていた。


少女たちは呼吸していた。


酸性雨の中で。


痛みに耐えながら。


リアナの喉が詰まる。

0.02%の向こう側に、命が立っていた。

墜落の直前、リアナは一度だけ拘束具の隙間から工作員の端末を見た。


TMC内部通信には

「第七惑星の生体研究原本を確保」

「対象リアナ・セイルは鍵として保持」

とある。

救助という単語はなかった。


「あなたたちも同じなのね」


リアナが呟くと、向かいの工作員が眉を動かした。


「何がだ」


「人を役割でしか呼ばない」


「今さら哲学か?」


「いいえ。監査」


自分でも可笑しかった。

死ぬかもしれない瞬間に、まだ職業の言葉が口から出る。

工作員は鼻で笑った。


「生き延びたら好きな名前で呼べ」


直後にレーザーが機体を切った。

その言葉だけが、妙に記憶へ残った。

墜落後、リアナは動けない身体で周囲を見た。


傭兵の一人がTMC工作員の残骸から武器を外している。

別の一人が燃料漏れへ砂をかける。

少女たちは命令を待っていない。


エララと呼ばれることになる方は周囲を警戒し、キリと呼ばれることになる方はリアナの呼吸を見ていた。


「生きてる」


白い少女が言った。

それはリアナが第七惑星で最初に聞いた、人間へ向けられた判定だった。

DEPLETEDでも、回収対象でもない。


生きてる。


たった四文字の分類が、企業のどんな精密なステータスより正確に思えた。

そして初めて、自分が何を正確に処理してきたのかを知った。

墜落地点で、傭兵たちはリアナをすぐには信用しなかった。


一人が彼女の衣服を調べ、隠し送信機がないか確認する。リアナは腕を上げるよう命じられ、従った。


「Helix社員」


誰かが吐き捨てた。


その二語だけで空気が変わる。


リアナは反論しようとして、できなかった。社員であることは事実だった。


「殺す?」


白い少女が訊いた。

傷だらけの少女は即答しない。


「役に立つかもしれない」


「その言い方、企業と同じね」


リアナは自分でも驚くほど低い声を出した。

傭兵たちの銃口がわずかに上がる。


「役に立つかで生かすか決める。私も今まで同じことをしてた」


「じゃあ何が言いたい」


火傷痕の男が訊く。


「……分からない。でも、今それを言われると、嫌だと思った」


男は数秒リアナを見た。


「嫌だと思えるなら、まだ完全には腐ってないらしい」


傷だらけの少女が鼻を鳴らす。


「甘い」


「お前に言われたくない」


「私は甘くない」


「キリを拾ったのは誰だ」


少女が黙る。


白い方——まだ名前を知らない少女——が、その背後で少しだけ笑った。

リアナはその笑顔を見て、胸の奥が痛んだ。

自分が処理していた表には、笑顔という列がなかった。


その夜、彼女は傭兵の簡易シェルターへ運ばれた。

寝台へ横になる前、もう一度遠くの墜落残骸を振り返る。

TMCの工作員も、Helixの保安局員も、自分を所有物のように扱った。


だが今いる者たちも、善人だから助けたわけではない。


それでも一つだけ違う。


白い少女は

「生きてる」

と言った。

そこに価値も所属も続かなかった。


ただ、生きている。


リアナはそれを何度も頭の中で繰り返しながら、初めて第7惑星の夜を迎えた。

空は黒ではなく、汚染雲の鈍い灰色だった。

本社から見た青とは、同じ星の空とは思えなかった。


リアナは眠りへ落ちる直前、0.02%という数字を思い出した。小さすぎて無視できる誤差。だが、その誤差の中に二十七人がいた。明日になれば、自分もどこかの表で一件として処理されるのかもしれない。それでも、もし生きて端末へ戻れたなら、今度は数字を閉じるためではなく、開くために使う。そう決めた。

酸性雨が屋根代わりの鉄板を叩く音を聞きながら、リアナは目を閉じた。無菌室の静けさが恋しいと思った。思ってしまった自分を責めかけ、やめる。安全を求めることまで罪にしてしまえば、エララたちが生きようとしていることまで否定することになる。罪は苦しむことで払うのではない。次に何を選ぶかでしか変わらない。リアナはまだ、その答えを言葉にできなかった。


壊れかけた端末は、その自由記述を保存する前に分類理由を要求した。リアナは反射的に

「損耗率」

「回収価値」

「医療優先度」

といった候補を探し、指を止める。どれも今見ている二人を説明していなかった。エララは周囲を警戒し、キリは自分の呼吸よりリアナの呼吸を気にしている。数値に直せる事実はいくらでもある。それでも最初に残したいのは、そこではなかった。

リアナは候補欄を閉じ、根拠欄へ『自発呼吸あり/意思反応あり』とだけ打った。監査様式としては粗い。第42階層なら差し戻される書き方だ。それでも保存する。完璧な帳簿へ戻すためではない。少なくとも今ここにいる者を、先にゼロへ丸めないためだった。


リアナは泥の中で、二つの番号をもう一度見た。E84。K01。数時間前なら、残存価値と処理期限を先に読んでいた。今は違う。肩が上下している。目が動く。こちらを警戒している。生きている。台帳の欄にはなかった、最も単純で重要な状態だった。彼女は壊れかけた携帯端末を起動し、記録欄へ一語だけ打った。『生存確認』。企業様式には存在しない自由記述だった。


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