時を超える
Synopsis
時を越える列車の乗客の物語
Chapter1
琥珀色の光が、埃の舞う車内を穏やかに満たしていた。ベルベットの座席に深く腰を下ろした男は、膝の上に置かれた古びた外套の袖を、節くれだった指でなぞっている。
車掌が音もなく彼の横に立った。その微笑みは、熟しすぎた果実のようにどこか危うい静けさを湛えている。
「あなたの物語を、どうか。終点は刻一刻と近づいておりますから」
退役軍人と呼ばれた男、エライアスは、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、すでにこの世の地図には記されていない遠い街の火影が宿っている。
「……私の物語は、弾丸の音では始まらない」
エライアスの声は、錆びついた鍵を無理に回した時のように軋んでいた。
「それは、夏の終わりの、ひどく静かな庭の音から始まる。私はまだ若く、軍服の折り目さえ誇らしかった。故郷を離れる前夜、私は隣家に住む娘に、ある約束をした。秋が来る前に、丘の上の銀木犀を持って戻ってくると」
彼は懐から、ガラスの割れた懐中時計を取り出した。針は十二時一分で止まったままだ。
「戦地へ赴く道中、私はその約束を、ポケットの中の硬貨のように何度も指で確かめていた。だが、硝煙が空を覆い、泥濘が足元を飲み込むにつれ、約束は色彩を失っていった。指先に残ったのは、冷たい鉄の感触だけだ。敵を倒すたびに、私の心に張り詰めていた透明な糸が、一本、また一本と、乾いた音を立てて弾け飛んだ」
車窓の外、夜の闇が揺らぎ、見知らぬ街並みが現れた。そこには、エライアスの記憶から漏れ出したような、銀色に輝く木々が立ち並んでいる。
「帰還したとき、庭は荒れ果て、彼女の姿はどこにもなかった。銀木犀の樹は、心ない砲火に焼かれ、炭化した骸を晒していた。私はただ、その黒い枝の下に立ち尽くした。涙も出なかった。私の内側で、何かが決定的に結晶化し、それ以上の感情を拒絶したのだ」
エライアスは、懐中時計の文字盤を親指で強く押さえた。
「私はその日以来、時間を止めた。いや、時間が私を置き去りにしたのだ。この軍服を脱ぐことも、あの庭の灰を払うこともできずに、私はただ、終わりのない行軍を続けてきた。だが……」
彼は窓の外を見た。銀色の森が遠ざかり、再び深い闇が戻ってくる。
「この列車に乗って、ようやく分かった。私は、彼女に謝りたかったのではない。ただ、あの庭で風に揺れていた、名もなき花の香りを、もう一度だけ、誰かに伝えたかったのだ。それだけで、私の戦争は終わるはずだった」
エライアスが口を閉じると、車内に満ちていた微かな振動が、一瞬だけ止まったように感じられた。彼の指から力が抜け、懐中時計が膝の上で静かに転がった。
車掌は深く一礼し、隣の席に座るぬいぐるみを抱いた少女の方へと歩を進めた。
エライアスは、もう何も語らなかった。彼はただ、窓硝子に映る自分の顔を、まるで初めて出会う異邦人のように見つめている。
列車は音もなく速度を上げ、闇の深淵へと滑り込んでいく。
エライアスは外套の襟を少しだけ立て、止まったままの時計を、今度はそっとポケットの奥へしまい込んだ。
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