Synopsis
のび太は試験に不合格して逃避したいと思い、ドラえもんは調整中の次元越えどこでもドアを取り出したが、道具の故障により、二人は一緒に異世界エトラに巻き込まれてしまう。ここで、彼らは魔物の襲撃を受け、原始的な生活をしている星落ちの町の村民たちに出会い、心が柔らかいのび太とドラえもんは助けを伸べることを決める。四次元ポケットの様々な道具を借りて、彼らは凶暴な魔物を撃退し、暗影クリスタルを破壊して町の危機を解決し、さらに村民たちのためにインフラストラクチャーを構築し、科学知識を伝授し、遅れたこの大陸に科技文明の種を蒔き付ける。次元を超える温かい冒険が、こうして始まるのだ。
Chapter1
乾いた空気に、答案用紙が震える音がやけに大きく響いた。滲んだインクで描かれた、巨大で、絶望的な赤い「0」。野比のび太の手の中で、その紙はまるで自身の心臓のように弱々しく、しかし確かな重みを持っていた。
「見ろよ、ジャイアン。またやったぜ、のび太のやつ」
スネ夫の甲高い声が、空き地の土埃に混じって鼓膜を揺らす。それは粘り気のある嘲笑だった。隣では、剛田武――ジャイアンが腕を組み、仁王立ちになって鼻を鳴らしている。その巨大な影が、のび太と、彼が握りしめる敗北の象徴を完全に覆い尽くしていた。
「ったく、おめえは何やってもダメなやつだな」
ジャイアンの言葉は、ただの声ではなかった。それは宣告であり、呪いであり、逃れようのない真実の槌だった。重く、鈍く、のび太の胸の中心に突き刺さる。視界が急速にぼやけ、涙の膜の向こうで、二人の歪んだ笑顔がゆらめいた。悔しい。悲しい。だが、それ以上に、彼らの言葉を否定できない自分がいることが、何よりも惨めだった。
もう、何も言い返せない。
のび太は踵を返し、脱兎のごとく走り出した。背後で上がる哄笑が、追い風のように彼を打ちのめす。涙でぐしゃぐしゃになった視界の中、見慣れたはずの町の風景がぐにゃりと歪む。電信柱も、塀の落書きも、道端の空き缶も、すべてが彼を指さして笑っているように思えた。「ダメなやつだ」と。
「うわあああああん!」
自宅のドアに転がり込むように飛び込み、そのまま自分の部屋の畳の上へ突っ伏す。答案用紙は手から滑り落ち、無様に床を滑った。嗚咽が喉の奥からこみ上げて、止まらない。しゃくりあげるたびに、肩が惨めに震えた。
「もう嫌だ……こんな世界、もう嫌だ!」
それは、心の底からの叫びだった。虚空に放たれた悲痛な願いに、部屋の空気がわずかに震えた。その時、押入れが静かに開き、青くて丸い影がぬるりと姿を現した。
「のび太くん、またジャイアンたちに何か言われたのかい」
ドラえもんの声は、いつも通りのんびりとしていたが、その奥には心配の色が滲んでいた。しかし、今ののび太には、その優しささえもが苦痛だった。
「ドラえもんなんかに僕の気持ちがわかるもんか!勉強も運動もダメで、何をやっても笑われて……どこかに行きたいんだ!僕が僕じゃない、どこかへ!」
半狂乱で畳を叩くのび太を見て、ドラえもんは困ったように眉を八の字に下げた。四次元ポケットに手を入れるが、いつものように便利なひみつ道具を出すのをためらっている。
「そんなこと言ったって……。そうだ、見せるだけだよ。まだ開発中で、調整が済んでないから絶対に使っちゃダメなんだけど……」
ためらいがちに、ドラえもんが取り出したのは、見慣れたピンク色のドアではなかった。それは、黒曜石のような光沢を放ち、表面に複雑な幾何学模様が銀色に明滅する、異様な扉だった。ところどころから火花が散り、不安定な低周波の唸りが響いている。
「次元越えどこでもドア。理論上は、僕たちのいる世界とは全く異なる物理法則や歴史を持つ、別の宇宙へ繋がるはずなんだけど……」
ドラえemonの説明は、もはやのび太の耳には届いていなかった。彼の目は、希望とも絶望ともつかぬ光を宿し、その不気味なドアに釘付けになっていた。「別の宇宙」。その言葉が、彼の心を鷲掴みにした。ここではないどこか。自分が「野比のび太」でなくなる場所。
「のび太くん、待って!まだエネルギーが不安定で、どこに飛ばされるか分からないんだ!危険すぎる!」
ドラえもんの制止の声が響くのと、のび太が狂ったようにドアノブに手をかけるのは、ほぼ同時だった。冷たい金属の感触。ためらいはなかった。ただ、この息苦しい現実から逃げ出したい一心で、彼は体重をかけてドアを引いた。
瞬間、世界から音が消え、色が消えた。
ドアの向こう側は、空間ではなかった。それは、純粋な光の奔流。暴力的なまでの白い輝きが、網膜を焼き、意識を白く塗りつぶす。身体が紙切れのように吸い上げられ、引き伸ばされ、ねじ切られるような感覚。ドラえもんの悲鳴のような声が聞こえた気がしたが、それもすぐに轟音にかき消された。のび太の意識は、激しい光の渦の中で、ぷつりと途切れた。
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まず感じたのは、湿った土と腐葉土の匂いだった。次に、背中や腕を打つ、硬い木の根の感触。のび太はうめき声を上げて身を起こした。全身が泥と草で汚れ、あちこちがズキズキと痛む。
「……ドラえもん?」
掠れた声で呼びかけると、すぐそばで呻き声が返ってきた。「いたたた……。だから言わんこっちゃない」。見れば、ドラえもんも同じように泥だらけになって、頭の鈴をしょんぼりと垂らしていた。
二人がいるのは、見たこともない森の中だった。空は、幾重にも重なった巨大な葉に覆われ、薄気味悪い緑色の光がまだらに差し込んでいる。空気は濃く、重く、肺にまとわりつくようだ。幹の太さが家ほどもある木々が、天を突くようにそびえ立っている。
「ここは……どこ?」
「分からない……。次元座標が完全に乱れて、緊急脱出したんだ。元の世界に戻れるかどうか……」
ドラえもんの言葉に、のび太の血の気が引いていく。その時だった。
ガサガサッ!
背後の茂みが激しく揺れ、低い唸り声が響いた。二人が恐怖に顔をこわばらせて振り返ると、そこにいたのは、猪のような姿をした、しかし明らかにこの世の生き物ではない何かだった。
体長は軽自動車ほどもあるだろうか。血走った目に、涎を垂らした口からは、サーベルタイガーのように湾曲した二本の巨大な牙が突き出ている。その牙は象牙のような白ではなく、病的なまでに黒ずんでいた。獣は二人を明確な獲物として認識し、鼻を鳴らしながら、ゆっくりと距離を詰めてくる。
「ひっ……!」
のび太は腰を抜かし、後ずさろうとして尻もちをついた。ドラえもんは慌てて四次元ポケットを探るが、その手は恐怖で震えている。
「ど、道具が……。衝撃でいくつかはじけ飛んじゃったみたいだ!」
絶望的な一言。魔物は前足を地面で掻き、突進の体勢に入った。死。その二文字が、のび太の脳裏を稲妻のように駆け巡った。もうダメだ。ジャイアンに笑われた空き地が、遠い過去の楽園のように思えた。
「うわあああああ!」
完全にパニックに陥ったのび太は、ほとんど無意識に、手元にあったこぶし大の石を掴み、やみくもに投げつけた。それは英雄的な一撃などでは断じてない。ただの、恐怖に駆られた子供の、みっともない悪あがきだった。
しかし、偶然は時として奇跡を装う。
放物線を描いた石は、吸い込まれるように魔物の左目に直撃した。グシャリ、という生々しい音。
「グギャアアアアアッ!」
獣の咆哮が森を揺るがした。魔物はたまらず顔を振り、片目で押さえながら苦悶の声を上げる。その巨体がよろめき、一瞬の隙が生まれた。
「のび太くん、今だ!逃げるぞ!」
ドラえもんに腕を引かれ、のび太は我に返った。二人はもつれる足で、必死に走り出した。背後から追いかけてくる獣の怒りの咆哮と、木々をなぎ倒す破壊音を聞きながら、ただ前へ、前へと。
どれくらい彷徨っただろうか。時間も方向も分からず、茨で体を切り裂かれ、泥水に足を取られながら、二人はひたすら森の中を逃げ惑った。やがて、獣の追跡が途絶えたことに気づき、疲労困憊で倒れ込んだ頃には、空は不気味な紫色に染まり始めていた。
体力も気力も尽き果てた二人が、最後の力を振り絞って丘を登った時、眼下にそれが見えた。
粗末な木の杭を打ち込んだだけの、頼りない柵。その内側に、粗末な小屋が寄り添うように点在している。かろうじて「町」と呼べる程度の小さな集落だった。煙突から立ち上る煙は頼りなく、活気というものもまるでない。
ふらふらと、まるで亡霊に引き寄せられるように、二人はその集落へと近づいていった。入り口に門はなく、ただ柵の一部が途切れているだけだ。中へ入ると、そこには息を呑む光景が広がっていた。
痩せこけた人々。汚れたぼろ布をまとい、その多くが腕や足に生々しい傷を負って、うめき声を上げている。子供たちは生気のない目で地面を見つめ、老人たちは壁に寄りかかり、虚空を眺めていた。先の魔物――おそらく、あれと同じ種による襲撃の跡が生々しく残っていた。飢えと、痛みと、そして深い絶望が、澱んだ空気のように集落全体を支配している。
誰も、新しく現れた奇妙な姿の二人組に注意を払う者はいなかった。彼らの視線はただ一点、ゆっくりと星がまたたき始めた、紫色の空へと向けられていた。
「ああ、星が……また落ちてくる」
誰かが、か細い声で呟いた。
「救い主は、いつ現れてくださるのか……」
それは祈りだった。しかし、そこには信仰の熱はなく、ただ諦めきれない習慣だけが残っているような、か細く、絶望的な響きがあった。
のび太とドラえもんは、その場で立ち尽くす。ジャイアンに笑われたことなど、もはや些細な悩みだった。彼らは逃げ出した世界の代わりに、神さえも見捨てたかのような、静かに死を待つ世界へと迷い込んでしまったのだ。
柵の脇に立てかけられた、風化した木の看板には、かろうじて読める文字でこう刻まれていた。
『星落ちの町』
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「嘆きの神殿」から邪悪な気配が消え去った日、それは「星落ちの町」の歴史が永遠に変わった日として、人々の記憶に刻まれることとなった。
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