Synopsis
「お前のスキルはクソの役にも立たない」
勇者パーティーを追放された俺のスキルは【家事全般】。
料理と洗濯しかできない、最弱のハズレスキル。
――そう思っていた。
だが、あらゆる素材に触れた時、俺は気づいてしまった。
このスキルの本質は「家事」じゃない。
世界の理を書き換える、万物創造の力だったのだ。
Chapter1
「また俺か」
誰かがごくりと喉を鳴らす音で、俺、神代一郎は意識を現実へと引き戻した。
ずしりと重い沈黙が、野営用の簡素なテントを支配している。揺らめくオイルランプの光が、勇者一行の険しい顔に深い影を落としていた。任務は完了した。だが、予定より三日も余計に費やした挙げ句、一行は疲労困憊の状態にあった。
「どうしてこんなに時間がかかった!俺の計算では、昨日の昼には終わっているはずだっただろうが!」
咆哮したのは、このパーティのリーダーであり、聖剣に選ばれし勇者――光輝だ。金色の髪を苛立たしげにかきむしり、その青い瞳は燃えるような怒りに満ちている。彼の怒声に、剣士が身を縮こませ、魔術師はそっと視線を逸らした。誰もが口を閉ざし、互いの顔色を窺う。そして、全ての視線が最終的に俺へと突き刺さった。パーティの「雑用係」、神代一郎へと。
俺の役目は、戦闘には一切参加しない後方支援。食事の準備、装備の清掃と簡単な修繕、野営地の設営と撤収。仲間が戦いで汚した衣服を洗い、傷を負えばポーションを渡す。それが俺の全てだった。パーティにおける俺の価値は、その程度のものでしかない。だから、何か問題が起きた時、その原因を探す視線が俺に集まるのは、もはや慣れっこになっていた。
光輝が勢いよく立ち上がった。彼の巨体がランプの光を遮り、巨大な影が俺を飲み込む。彼はその影の中から、俺を指さして断罪の言葉を吐き出した。
「全部お前のせいだ、一郎!お前のスキルがクソの役にも立たないからだ!パーティ全体の効率がどれだけ落ちているか分かっているのか!」
彼の言葉は、まるで鋭い刃となって俺の胸に突き刺さる。だが、顔には出さない。俯き、ただ黙って床の土くれを見つめる。それが、俺にできる唯一の抵抗だった。
「【家事全般】だぁ?笑わせるな!飯炊きや洗濯なんて、そこらの村で侍女でも雇った方がよっぽどマシだ!お前はただの荷物持ちですらない、足手まといなんだよ!」
光輝の侮蔑に満ちた声がテントに響き渡る。他のメンバーからの同情の視線はない。あるのは軽蔑か、あるいは無関心。彼らにとって、戦闘能力を持たない俺は、パーティの一員として認められていなかった。俺が作る温かい食事が、酷使された彼らの体をどれだけ癒してきたか。俺が毎晩繕う防具が、次の日の戦いで彼らの命をどれだけ守ってきたか。そんなことは、勝利と栄光を求める彼らの記憶には残らない。
俺は唇を噛み締め、こみ上げてくる何かを必死に飲み込んだ。怒りではない。悲しみでもない。それは、諦めにも似た、ひどく冷たい感情だった。このパーティに俺の居場所がないことなど、とうの昔に気付いていた。ただ、幼馴染である光輝の誘いを断り切れず、彼の隣に立つことが何かを変えるかもしれないと、淡い期待を抱いていただけだ。その期待が、今、完全に砕け散ろうとしている。
光輝は深呼吸を一つすると、まるでゴミを捨てるかのような冷たい声で、最終宣告を下した。
「今この瞬間から、お前を追放する。二度と俺たちの前にその顔を見せるな」
その言葉は、予期していた雷鳴のように、俺の頭上で鳴り響いた。他のメンバーは誰一人として異を唱えない。何人かは安堵したように息をつき、数人はこくりと頷いて光輝の決定に同意を示した。ああ、これで終わりか。俺の旅は、ここで終わるんだ。
ゆっくりと顔を上げた俺の視線の先で、光輝が驚いたように目を見開いた。きっと、俺が泣き叫んだり、許しを乞うたりするとでも思っていたのだろう。だが、俺の心は不思議なほど凪いでいた。
「……わかった」
俺はただ、静かにそう答えた。
その短い一言が、光輝のプライドをさらに傷つけたと見えて、彼の顔が怒りで歪む。だが、俺はもう彼を見ていなかった。立ち上がり、自分の寝床の脇に置いてあった、みすぼらしいバックパックに手を伸ばす。中に入っているのは、着替えが数枚と、愛用の調理器具セット、そして予備の裁縫道具だけ。もとより俺の荷物など、この程度しかないのだ。
無言で荷物をまとめ、背負う。誰にも目を合わせず、ただまっすぐにテントの出口へ向かった。仲間たちの冷ややかな視線が背中に突き刺さるのを感じたが、足は止まらない。追放されたのだ。もはやここにいる理由はない。俺は怒ってもいなければ、弁解する気もなかった。これが、俺と彼らとの間の、どうしようもない断絶なのだから。
テントの入り口の幕を静かにめくり、一歩外へ踏み出す。背後で、誰かが「せいせいした」と呟くのが聞こえた気がした。
外はもう、完全な夜だった。喧騒に満ちていたキャンプ地は嘘のように静まり返り、仲間たちの声も、燃え盛る焚き火の音も、急速に遠ざかっていく。俺は振り返ることなく、森へと続く暗い道を一人、歩き始めた。月明かりだけが、頼りだった。
光輝や仲間たちを恨んでいるか、と問われれば、答えは否だ。追放という結末は屈辱的だが、彼らの言い分にも一理ある。戦闘能力のない俺が、死と隣合わせの冒険の旅において足手まといであることは、紛れもない事実だったのだから。俺はただ、彼らの求める「強さ」を持っていなかった。それだけのことだ。
孤独な足音が、夜の静寂に吸い込まれていく。どれくらい歩いただろうか。森を抜け、街道に出たところで俺はふと足を止めた。そして、虚空に手をかざす。すると、俺の目の前に淡い光を放つ半透明のウィンドウが現れた。ステータス画面だ。
【名前】神代 一郎
【職業】雑用係
【レベル】15
【スキル】家事全般 (Lv. MAX)
嘲笑の的となった俺の唯一のスキル、【家事全般】。その文字が、夜の闇の中でぼんやりと光っている。
「【家事全般】……本当に、ただ飯を作って、洗濯をするだけのスキルなのか?」
俺は自分の手のひらを見つめながら、独りごちた。光輝の言葉が脳裏をよぎる。侍女でもできること。だが、本当にそうだろうか。このスキルのおかげで、どんな粗末な食材でも絶品の料理になり、どんなに硬い布でも滑らかに洗い上がり、どんなに壊れた武具でも応急処置以上に見事に修復できた。それは、ただの家事の範疇に収まるものだったのだろうか。
今まで考えないようにしていた疑問が、孤独になった今、堰を切ったように溢れ出してくる。俺はステータス画面のスキル名をじっと見つめ、その本質について深く、深く、思考の海に沈んでいった。
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