Synopsis
評価2.1点。史上最低のクソゲー。
暇つぶしに始めた俺は、最弱職業【道化師】を選んでしまった。
そして気づく――ログアウトボタンがない。
《この世界において、死は永久のものです》
攻撃力5、防御力3。スライム一匹に5分かかる絶望的なスペック。
だが、俺の固有スキル【愚者の祝福】には、誰も気づいていない「バグ」があった。
Chapter1
「暇だ」
俺、柿場悠真(かきばゆうま)は、大学の寮の自室で、天井の木目を数えるという人類史上最も生産性のない行為に没頭していた。土曜の午後、外は雲ひとつない快晴。だが、俺の心は梅雨のど真ん中のような重苦しい退屈に支配されていた。レポートは昨日提出したし、講義もない。友人は恋人とデート。やることが、ない。完全に、ない。
「悠真、そんなに暇ならこれでもやってみろよ」
ベッドの向こう側、PCデスクに座っていたルームメイトの健太が、ヘッドセットを片方ずらして振り返った。その目は「可哀想な奴」と雄弁に語っている。彼がディスプレイを指さすので、俺はのそりと起き上がって覗き込んだ。そこに表示されていたのは、古めかしい城とドラゴンが描かれた、いかにもなファンタジーゲームの公式サイトだった。
「VRMMO?今更かよ」
「まあ聞けって。これ、『フォーゴットン・レルム』っていうんだけどな」
健太はニヤニヤしながら、レビューサイトのページを開いた。目に飛び込んできた評価点に、俺は思わず吹き出した。
「総合評価、2.1点!?低すぎだろ!」
画面をスクロールすると、辛辣なレビューが滝のように流れていく。「史上最低のクソゲー」「時間の無駄」「バグのデパート」「運営はやる気あるのか?」。あらゆる罵詈雑言がそこに集結していた。しかし、その中に一つ、妙に引っかかるレビューがあった。「絶対にプレイするな。これはゲームじゃない、罠だ」。
「クソゲーすぎて逆に伝説になってるらしいんだ。どんな風にクソなのか、見に行ってみるのも一興だろ?」
健太の悪魔の囁き。普通なら「じゃあやめとくわ」で終わる話だ。だが、退屈という名の劇薬は、人間の判断力を著しく低下させるらしい。「史上最低」「罠だ」。その不穏な言葉が、俺の心の中に奇妙な好奇心の火を点けてしまった。どれほどのクソゲーなのか、この目で確かめてみたい。
「……なるほどな。クソゲー探訪か。悪くない」
「だろ?俺は今レイドで抜けられないから、先行してレポート頼むぜ、勇者様」
からかうような健太の言葉を背中で受け流し、俺は自分のベッドに戻ると、枕元に放ってあった最新鋭のVRヘッドセット《ニューロ・リンカー》を手に取った。滑らかな白いボディが手に馴染む。さあ、伝説のクソゲーとやらを拝見しようじゃないか。
「リンク・スタート」
俺がそう呟くと同時に、視界は白い光に包まれた。現実世界の感覚が急速に薄れ、意識が仮想空間へとダイブしていく。
次の瞬間、俺は無限に広がる暗黒空間に立っていた。目の前には、いくつもの光る人影が浮かんでいる。剣を構えた騎士、杖を掲げた魔法使い、弓を番えるエルフ。どうやら職業選択画面らしい。俺は特にMMOに詳しいわけではないので、どれが強くてどれが弱いかなんてさっぱりわからない。まあ、どうせクソゲー探訪だ。適当でいいだろう。
パラパラとホログラムの職業リストをめくっていく。ウォリアー、メイジ、プリースト……どれもこれも見飽きたラインナップだ。そんな中、一つだけ異彩を放つ職業が俺の目を引いた。
それは、泣き笑いの仮面をつけた、トリッキーな衣装のキャラクターだった。職業名は【道化師】。他の職業がいかにもなファンタジー装備に身を固めているのに対し、それだけがどこか不気味で、謎めいていた。説明文には「予測不能な戦い方で敵を翻弄する」とかなんとか書いてあるが、具体的なことは一切不明だ。
「……なんか、こいつだけ雰囲気違ってカッケーな」
単純な理由だった。ただ、そのビジュアルが気に入った。俺が【道化師】のアイコンに指を伸ばすと、目の前に警告文がポップアップした。
《警告:【道化師】を選択しますか? この職業は極めて高度なプレイヤースキルを要求される、上級者向けのトリッキーなクラスです》
「へえ、上級者向けね」
まあ、すぐに辞めるつもりの体験プレイだ。難易度なんてどうでもいい。俺は躊躇なく「はい」を選択した。すると、システムは念を押すように、もう一度同じ警告を、今度は赤文字で表示してきた。
《最終確認:本当に【道化師】を選択しますか? この選択は後から変更できません。この職業を選んだことによるいかなる不利益も、運営は保証いたしかねます》
「しつこいな……」
逆に面白くなってきた。そこまでして止めたいのか。ならば、選んでやるのが礼儀だろう。俺はニヤリと笑い、もう一度「はい」を強くタップした。その瞬間、俺の身体は眩い光に包まれ、足元の地面が抜けるような浮遊感に襲われた。
光が収まり、俺が目を開けると、そこは活気あふれる街の広場だった。石畳の道、レンガ造りの建物、行き交う人々は皆、剣や鎧を身につけた「プレイヤー」だ。これが、フォーゴットン・レルムの始まりの村か。思ったよりちゃんと作ってあるじゃないか、と感心したのも束の間だった。
「うわ、見てみろよ。また道化師を選んだバカがいるぜ」
すぐそばを通りかかった、大剣を背負った男が俺を見て鼻で笑った。
「マジかよ。今時まだいるんだな、そういう情弱。可哀想に」
「攻撃力最低、防御力最低、HPも最低。唯一の固有スキルはゴミ以下の産廃。それが道化師だぞ?」
「もはや罰ゲームだろ、あの職業。悪いこと言わねえから、速攻でキャラデリして作り直した方がいいぜ、兄ちゃん」
周囲から浴びせられる、憐れみと嘲笑の視線。口々に語られる【道化師】のスペックは、俺の想像を遥かに超えて悲惨なものだった。……なるほど。システムがあれだけしつこく警告してきたわけだ。これは、いわゆる「縛りプレイ」専用のネタ職業だったらしい。
「クソ……やっちまったか」
さすがにここまでコケにされると、クソゲー探訪とはいえ気分が悪い。それに、最低限の戦闘くらいはしてみたかった。このステータスじゃ、スライム一匹倒せるかどうか怪しい。健太に報告するネタにはなるだろうが、このまま続けるのは精神衛生上よろしくない。
「仕方ない、一旦ログアウトしてキャラ作り直すか」
俺はため息をつきながら、右手を宙でスワイプしてメインメニューを開いた。アイテム、スキル、ステータス……見慣れた項目が並ぶ半透明のウィンドウ。その一番下にあるはずの、見慣れたボタンを探す。
……ない。
「あれ?」
何度、メニューを見ても、ない。アイテム、スキル、ステータス、装備、ギルド、フレンド、設定……。本来なら「設定」の隣か、あるいは一番下あたりに鎮座しているはずの【ログアウト】という項目が、どこにも見当たらないのだ。
「そんなバカな。どこか別の階層に……?」
俺は焦って「設定」ウィンドウを開いた。音量設定、グラフィック設定、操作設定……。だが、そこにもログアウトに関連するコマンドは一切ない。冷や汗が背中を伝う。なんだ、これ。バグか? さすがクソゲー評価2.1点。ログアウトボタンが消えるなんていう致命的なバグを放置してるのか?
「おい、冗談だろ……」
もう一度メニューを閉じて、開く。やはりない。何度繰り返しても、結果は同じだった。周囲の喧騒が急に遠のいていく。プレイヤーたちの笑い声が、耳障りなノイズに変わる。
GMコールは? メニューにそれらしき項目はない。じゃあ、強制終了は? この《ニューロ・リンカー》は安全装置が働いていて、プレイヤーの脳に異常な負荷がかかった場合、強制的に接続が切断されるはずだ。だが、今の俺は至って正常。……いや、精神的にはまったく正常じゃないが。
「そうだ、ヘルメットを……!」
現実世界の自分の身体に命令する。手を動かせ、頭のヘルメットを外せ、と。しかし、俺の身体はピクリとも動かない。完全に意識がゲームの中にロックされている。指一本、動かせない。
「どうなってんだ……どうなってんだよ!」
なす術がない。完全に閉じ込められた。俺が広場の中央で呆然と立ち尽くしていると、頭の中に直接、冷たい無機質な音声が響いた。それは、職業選択の時に聞いたものと同じ、だが遥かに不気味な響きを帯びたシステムアナウンスだった。
《――ようこそ、冒険者よ。忘れられた領域《フォーゴットン・レルム》へ》
《この世界において、死は永久のものです》
《それでは、良き冒険を――》
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GMを追放し、この世界の管理者権限を完全に掌握した俺の目の前に、一つの選択肢が静かに浮かび上がった。それは、この世界に来てからずっと灰色に塗りつぶされていた、あの文字列。【ログアウト】。今やその
深淵の王を倒してもなお、灰色のままの【ログアウト】。その意味を考えていた俺の前に、空間が歪んだ。現れたのは、あの賢者ではなかった。虚空から一人の男が降り立つ。見た目は三十代半ばの青年、だが、その
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