Synopsis
花火大会の夜、幼馴染の美波は海に身を投げた。叫んでも、手を伸ばしても届かない。そして僕は目を覚ます——三日前の列車の中で。何度繰り返しても彼女は死ぬ。何を変えても運命は覆らない。47回目の夏、僕はようやく気づいた。彼女を救う鍵は、彼女自身が握っている「秘密」にあるということに。
Chapter1
遠くで花火が打ち上がる音が、ドンッ、と腹の底に響く。
夜空に大輪の花が咲いて、一瞬だけ世界が極彩色に照らし出され、そしてすぐに闇へと還っていく。その明滅の合間に、白いワンピースを着た永井美波が、ゆっくりと黒い海へと入っていくのが見えた。
「美波!やめろ!」
叫び声は自分のものとは思えないほど掠れていた。駆け寄ろうとするのに、足がコンクリートに縫い付けられたかのように動かない。金縛りにあったみたいに、指一本動かせないのだ。堤防の上で、僕は、なすすべもなく立ち尽くすしかなかった。
波が彼女の足元を洗い、白いワンピースの裾がじわりと濡れていく。美波はゆっくりと振り返り、僕を見た。その顔に浮かんでいたのは、不思議なほど穏やかな、そしてどこか解放されたような悲しい微笑みだった。
「ごめんね、航平。これは、決まっていたことだから」
声は波音と花火の轟音に掻き消されそうだったが、確かに僕の耳に届いた。それが、彼女の最後の言葉になった。美波は再び海に向き直ると、まるで吸い込まれるように、その身を静かに黒い水面の下へと沈めていった。
「あああああああああっ!」
意味をなさない絶叫が喉から迸る。遅れてやってきた衝撃に全身が打ちのめされ、ようやく呪縛が解けた足で数歩駆け寄るが、もう遅い。彼女が消えた水面には、打ち上げられた花火の残光が虚しく揺らめいているだけだった。
ドンッ、とまた一発。ひときわ大きな花火が空を焼き尽くすように咲き乱れ、僕の絶望に染まった顔を無慈悲に照らし出した。
――三日前。
ガタン、ゴトン、と規則正しいリズムを刻む鈍行列車に揺られながら、僕は窓の外を流れる景色をぼんやりと眺めていた。都会のコンクリートジャングルとは違う、瀬戸内海特有のどこまでも続くような青い空と、それに溶け込むように穏やかな海。夏休みの始まりを告げるには、これ以上ないほどの完璧な風景だった。
東京で高校三年生になってから初めて、僕は故郷であるこの波崎町に帰省する。久しぶりに会う祖母の顔、そして、幼馴染のあいつの顔を思い浮かべると、自然と口元が緩んだ。
美波とは、小さい頃、それこそ物心つく前からずっと一緒にいた。この海のそばで、飽きもせずにカニを捕まえたり、秘密基地を作って遊んだりした日々が、昨日のことのように思い出される。あいつ、元気にしてるだろうか。少しは、大人っぽくなったりしてるんだろうか。そんな期待が胸の内で少しずつ膨らんでいくのを感じていた。
まさか、この三日後に、あんな悪夢が待ち受けているなんて、この時の僕は知る由もなかった。
「航平!こっちこっち!」
波崎町の小さな駅の改札を抜けると、太陽みたいに眩しい笑顔が僕を迎えてくれた。白いワンピースに麦わら帽子。記憶の中にある姿よりも少し背が伸びて、少女から大人へと移り変わる途中の危うい美しさを纏っている。永井美波だった。
「よう、美波。久しぶり」
「本当に久しぶり!もう会えないかと思ったよ」
屈託なく笑う彼女に、僕は少しだけ胸がドキリとするのを感じた。だが、その笑顔を間近で見た時、ふと違和感を覚える。輝くような笑顔の奥に、ほんの僅か、見過ごしてしまいそうなほど微かな悲しみの影が潜んでいるように見えたのだ。
「荷物持つよ」
「ううん、平気。それより、ちょっと町の中、見ていかない?少し変わったところもあるんだよ」
美波はそう言って僕の手を軽く引き、慣れ親しんだはずの故郷の道を案内してくれた。彼女に引かれるまま歩く商店街は、確かにシャッターが下りた店が増えて少し寂しい気もしたが、潮風と彼女の弾むような声が、そんな感傷を吹き飛ばしてくれた。
他愛もない話をしながら歩いていると、やがて小高い丘の上にある神社へと続く石段が見えてきた。その鳥居の前で、美波の足がぴたりと止まる。
「……」
何かを考えるように、彼女は視線を鳥居の奥、鬱蒼と茂る木々の闇へと向けていた。その横顔に、またあの悲しい影がよぎる。
「美波?」
僕が声をかけると、彼女はハッと我に返ったように振り返り、慌てて笑顔を作った。
「う、ううん、なんでもない!それより、航平。三日後は花火大会だよ!絶対、私と一緒に行くって約束して!」
その声は、やけに大きく、切実な響きを持っていた。まるで、それが絶対に揺らいではいけない、たった一つの支えであるかのように。僕はその必死さに少し戸惑いながらも、頷くしかなかった。
「ああ、もちろん。約束するよ」
「ほんと?やった!」
美波は心から嬉しそうに笑った。その笑顔があまりにも眩しくて、僕はさっき感じた違和感を、夏の暑さのせいにして無理やり心の隅に押しやった。
その日の夜、祖母の家で夕食を終え、縁側で涼んでいると、隣に座った祖母がぽつりと言った。
「航平。お前のお母さんが、昔、何も言わずに突然この町を出て行って、それきり帰ってこなかったのを覚えてるかい」
突然の母親の話に、僕は言葉を返せずに祖母の顔を見た。僕が生まれる前の話だ。詳しいことは何も聞かされていなかった。
「あの子は、ここで何かから逃げたんだ。……お前がこうして帰ってきてくれたのは、嬉しいことだよ。でもね、もしかしたら、良くないことでもあるのかもしれないね」
皺の刻まれた横顔は、遠い目をして夜の闇を見つめている。その言葉の意味を、僕はまったく理解することができなかった。ただ、胸の内に得体の知れない不安がじわりと広がっていくのを感じただけだった。
その瞬間、世界がぐにゃりと歪んだ。
祖母の声が遠のき、縁側の風景が溶けていく。目の前にフラッシュバックしたのは、夜の海。花火の光に照らされた美波の悲しい笑顔。「ごめんね、航平。これは、決まっていたことだから」――。黒い水面に沈んでいく白いワンピース。僕の絶叫。
「うわっ!」
激しい浮遊感と共に、僕は座席から跳ね起きた。
心臓が警鐘のように鳴り響き、全身に汗が噴き出している。乱れる息を整えながら、僕は自分がどこにいるのかを確認しようと辺りを見回した。
ガタン、ゴトン……。
耳に届くのは、聞き覚えのある規則正しい列車の振動音。目の前の窓の外には、どこまでも続くような青い空と、それに溶け込むように穏やかな瀬戸内海が広がっていた。
「……なんで」
呟いた声は、乾燥した喉に張り付いてうまく出なかった。見覚えのある車内。見覚えのある風景。それは、僕が故郷の波崎町に向かう鈍行列車の中で見た、三日前の景色、そのものだった。
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あれから、十年という歳月が流れた。
僕と美波は結婚し、あの夏の日々を過ごした波崎町に戻ってきた。祖母が遺してくれた古い家を改装し、海辺の小さな民
瞼をこじ開けると、容赦のない光が網膜を焼いた。ちかちかと明滅する視界の中で、最初に認識したのは痛みだった。岩場で全身を打ち付けた鈍い痛みと、消耗しきった体から発せられる悲鳴。だが、それよりも強
光に弾き飛ばされ、岩場に叩きつけられた背中が痛む。だが、そんな痛みなどどうでもよかった。僕の視線の先、冷たく禍々しい光の中心で、美波のシルエットが薄れかけている。まるで、光そのものに溶けていく
最後の一日が、花火の音と共に始まった。
僕と美波は、喧騒に満ちた人波の中に立っていた。夜空を巨大なキャンバスに見立てて、次々と色鮮やかな光の花が







