Synopsis
文化祭実行委員長の楠木日和には、誰にも言えない秘密があった。生まれつきの心臓疾患。「三十歳まで生きられない」と宣告されながら、彼女は完璧な高校生を演じ続けていた。文化祭前夜、午後九時の鐘が鳴った瞬間——心臓が止まる。目覚めると、同じ朝。死を繰り返す少女は、限られた時間の中で何を見つけるのか。
Chapter1
朝七時過ぎ、私は誰よりも早く学校の門をくぐった。ひんやりとした秋の空気が肺を満たし、まだ誰もいない校庭の静寂が、これから始まる長い一日を荘厳に予告しているようだった。文化祭実行委員長、楠木日和。その肩書きが、ずしりと重い責任感になって両肩にのしかかる。手にしたクリップボードには、びっしりと書き込まれたタスクリスト。今日が準備の最終日、明日はいよいよ開会式だ。
「よし、始めよう。」
誰に言うでもなく呟き、私は固く決意を込めて深呼吸した。この胸の高鳴りは、興奮のせいだ。そうに決まっている。この心臓に巣食う小さな爆弾のことなど、今考えるべきじゃない。担任の安達先生と保健室の先生にだけは、どうしても隠し通せなかった。けれど、「普通に高校生活を送りたいんです」と涙ながらに訴える私を、先生は最後には許してくれた。心配そうな顔をしながらも、私の意志を尊重すると言ってくれたのだ。だから、私はその期待に応えなければならない。完璧な文化祭を、この手で作り上げることで。
私の忙しない一日は、演劇部の悲鳴から幕を開けた。「委員長! 大道具の城が崩れた!」その報告を聞くや否や体育館へ駆けつけると、そこには見るも無惨に砕け散ったベニヤ板の城が横たわっていた。私はすぐに冷静な声で指示を出し、工具を手に修理作業の指揮を執る。
「日和、手伝う。」
いつの間にか隣にいたのは、副委員長の池田悠太だった。彼はいつもそうだ。私が一番大変な時に、何も言わずに現れて、黙々と手を貸してくれる。でも、私はその優しさに甘えるわけにはいかなかった。
「大丈夫、悠太。これくらい、私一人でやれるから。」
笑顔でそう言って彼の手を押し返すと、悠太は少しだけ寂しそうな顔をして、それでも何も言わずに後方で釘の整理を始めた。ごめんね、悠太。君の優しさが、私には少しだけ痛いんだ。
演劇部のトラブルを片付けたかと思えば、今度は軽音部から「音響が死んだ」と泣きつかれ、中庭では茶道部と華道部が「この場所は私たちが先に予約したはずだ」と一触即発の睨み合いを繰り広げていた。息つく暇もなく校内を駆け回り、一つ一つの問題を丁寧に解きほぐしていく。校門に設置した巨大なウェルカムアーチが強風で倒壊しかけた時は、さすがに肝が冷えたけれど、運動部の男子生徒たちを総動員して何とか立て直すことができた。悠太がどこからかロープと杭を調達してきて、完璧に固定してくれたおかげだ。私が礼を言うと、彼は「別に」とだけ短く答えて、少しだけ顔を赤らめた。
携帯が震え、画面に「安達先生」の文字が表示されるのが見えた。私はそれを見なかったことにして、ポケットの中で着信を拒否する。大丈夫です、先生。私はちゃんとやれています。ちゃんと、「普通」にやれていますから。
気づけば、空はとっくに茜色を通り越し、深い藍色に染まっていた。時計の針は、午後九時を指している。その瞬間、校舎の中央にそびえる古い時計塔から、低く重い鐘の音が響き渡った。ゴーン、ゴーン、と九回。戦前から変わらぬ旋律で時を告げるこの鐘の音を、私は子供の頃から聞き慣れていた。祖母は「あの鐘は、一日の終わりを告げる鐘だ」と言っていた。終わりの鐘。なぜか今夜は、その言葉がやけに心に引っかかった。あれだけ騒がしかった校舎は不気味なほど静まり返り、廊下には私の足音だけが響いていた。
「これで、全部……かな。」
最後のチェックを終え、私は誰もいない校庭に一人で立った。日中は混沌としていた場所が、今はすっかり祭りの前夜の顔をしている。各クラスや部活が出す模擬店の骨組みが立ち並び、まだ明かりの灯っていない提灯が、夜風に静かに揺れていた。完璧じゃないかもしれないけれど、みんなの努力が詰まった、温かい空間がそこにはあった。
「明日、きっと、すごく良い一日になる。」
胸いっぱいに広がる達成感に、自然と笑みがこぼれる。その時だった。きゅう、と心臓が冷たい手で握り潰されるような、奇妙な圧迫感を覚えたのは。一瞬だけ息が詰まり、視界の端が微かに揺らぐ。
「……っ。」
でも、それはほんの一瞬のこと。私はすぐに「疲れてるだけだ」と自分に言い聞かせた。朝からずっと走り回っていたんだから、これくらいの不調は当たり前だ。私は深く息を吸い込み、胸の違和感を無理やり体の奥底へと押しやった。さあ、帰ろう。明日も朝から早いのだから。
校門へ向かって、最後の一歩を踏み出した、その瞬間だった。時計塔の鐘の残響が、夜の静寂に溶けていく。ゴーン、という最後の一打が消えるのと同時に、それは始まった。
「が、っ……!?」
今度は、さっきの比ではない。胸の中心から、灼熱の杭を打ち込まれたかのような激痛が全身を貫いた。息ができない。喉がひゅうひゅうと鳴り、酸素を求めて喘ぐが、肺は石のように固まって空気を拒絶する。視界が急速に白んでいき、立っていることさえできなくなった。
「なに……これ……?」
私はその場に膝から崩れ落ち、アスファルトに手をついた。痛い。苦しい。何が起きているのか、全く理解が追いつかない。助けを呼ばなければ。誰か、誰か。そう叫びたいのに、声帯は震えるだけで、意味のある音にはならなかった。
そのまま、私はゆっくりと前へ倒れ込む。頬に触れる地面の冷たさが、やけにリアルだった。薄れゆく意識の中、視界の端に映ったのは、どこまでも広がる夜空と、そこに散らばる無数の星々。朝、自分の手帳に書き込んだ、小さな星のマークを思い出した。
あれは、明日のための希望の印だったはずなのに。
星の輝きが歪み、滲み、やがて闇に溶けていく。そして、私の世界から、すべての光が消えた。
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あれから、十年という歳月が流れた。
かつて奇跡と呼ばれたあの日の文化祭は、今や東京都立清泉高校の名物として、毎年多くの人々が訪れる一大イベントへ
体育館に鳴り響いた救急車のサイレンが遠ざかっていくと、後に残されたのは耐え難いほどの静寂だった。開会を祝うはずだったカラフルな紙吹雪が、まるで誰かの悲鳴の欠片のように、虚しく床に散らばっている
夜の九時。私の部屋のデジタル時計が、無機質な赤い光で時刻を告げている。
心臓が、喉の奥で跳ねているのが分かる。昨日までの四十二日間、この瞬間に私は意識を失い、冷たい床
四十三回目の、最後の一日。
夜明けの光がカーテンの隙間から差し込み、部屋を薄紫色に染める。私はゆっくりと身を起こした。体のどこにも痛みはない。心臓は、驚くほど静かに、







