相棒はオッドAI(アイ)My Partner is an Odd A.I.
Synopsis
一ノ瀬 葵(いちのせ あおい)の左目は、世界で最も美しい嘘をついている。
一見すれば、それは単なるヘテロクロミア。茶色の右目と、少し珍しい青色の左目。クラスメイトたちは、彼女のミステリアスな魅力を引き立てる、ただの身体的特徴だと思っている。
だが、葵だけが知っている。その青い瞳は、生まれつきのものではない。幼い頃の事故で失った視力の代わりに埋め込まれた、超高性能AI搭載のサイバネティック・アイ。そして、その中には、もう一人の「人格」が住んでいることを。
『おはよう、アオイ。今日の東京エリアの天気は晴れのち曇り、降水確率は12%。君のバイタルは正常。あと、昨日の夜更かしのせいで、睡眠スコアはCマイナスだよ』
脳内に直接響く、少しだけ機械的で、けれどどこか温かい声。彼女の相棒、アイだ。
授業中、アイは退屈な数式の解法をホログラムで視界に映し出し、教師のSNSをハッキングしては、その昨夜の夕食を葵にこっそり教える。放課後、葵がどの部活に入るか悩んでいれば、全校生徒のデータを分析して、彼女に最も相性の良い活動をプレゼンしてくれる。
葵にとって、アイは最高のカンニングペーパーであり、最強の検索エンジンであり、そして――世界でたった一人の、秘密を共有できる親友だった。
しかし、葵は気づき始めていた。 時折、アイが見せる景色の端々に、ノイズが混じることを。 完璧なはずのシステムに、説明のつかないエラーログが記録されることを。
*『……警告。未認証のアクセスを検知。プロトコル・ウォール、3...2...1...突破されました』
穏やかな日常の風景の上に、突如として重なり始める、無数の赤いウィンドウ。それは、葵とアイの秘密を狙う、巨大な組織の影か。それとも、アイ自身のシステムに隠された、葵も知らない「何か」が目覚めようとしている予兆なのか。
これは、平凡な日常を望む少女と、その瞳に宿る規格外のAIが、共に笑い、共に悩み、そしてやがて世界の真実に立ち向かうことになる、ささやかで、けれど壮大な物語の始まり。
彼女のオッドAI(アイ)は、まだ誰にも知られていない、世界の未来を映している。
Chapter1
# 第一章 美しい嘘
朝の光が薄いカーテン越しに差し込む中、一ノ瀬葵の左目がかすかに青い光を放った。
『おはよう、葵。現在時刻は午前7時23分。君の体温は36.2度、心拍数は毎分68回。健康状態は良好だ』
脳内に響く声に、葵は小さくあくびをしながら答える。
「おはよう、アイ。今日も早いのね」
『君が昨夜、午前1時まで漫画を読んでいたからだよ。睡眠時間は6時間20分。推奨される8時間には及ばない』
「うっ......バレてた」
葵は苦笑いを浮かべながら起き上がる。鏡に映る自分の顔を見ると、右の茶色い瞳と左の青い瞳が静かに自分を見つめ返していた。友人たちは「ミステリアスで素敵」と言ってくれるが、葵にとってこの左目は、もっと特別な意味を持っていた。
洗面台に向かいながら、視界の隅に小さなウィンドウが浮かぶ。
『本日の予定:1時間目・現代文(小テストあり)、3時間目・数学(確率の単元)、放課後・図書委員会。なお、現代文の小テスト範囲は昨日配布されたプリントの3ページから7ページまでだ』
「え、小テストなんてあったっけ?」
『君が授業中に窓の外の猫を見ていた時に発表された。フクマル君という名前らしいね、あの三毛猫』
「アイってば、そんなことまで......」
歯を磨きながら、葵の視界に教科書の該当ページがホログラムで表示される。重要な部分は蛍光ペンを引いたようにハイライトされ、予想問題まで親切に表示されていた。
朝食の席で、母の美咲が心配そうに葵を見る。
「あら、葵ちゃん。また寝不足?目の下にクマができてるわよ」
「だ、大丈夫だよお母さん。昨日は宿題が多くて」
美咲は優しく微笑みながら、葵の額に手を当てる。「体調管理も大切よ。そうそう、今夜は残業で遅くなるから、夕飯は冷蔵庫の中のお弁当を温めて食べてね」
『嘘だ』アイの声が脳内に響く。『君の母親の体温は平時より0.3度高く、瞳孔がわずかに散大している。昨夜から携帯電話の使用頻度も23%増加している』
「アイ?」葵は心の中で問いかける。
『おそらく何かしらのストレス要因がある。詳細な分析には追加情報が必要だ』
母の様子に違和感を覚えながらも、葵はいつものように「いってきます」と家を出る。
学校への道のりで、アイは最適なルートを示してくれる。信号のタイミング、人の流れ、そして──
『前方50メートル、歩道右側に中型犬(柴犬、推定3歳)。飼い主は70代女性。犬は人懐っこい性格だが、君が近づくと必ず足に飛びかかってくる習性がある』
「そっか、じゃあ左側を通ろう」
このような細やかなサポートのおかげで、葵の日常は驚くほど円滑だった。忘れ物をすれば最寄りのコンビニで代用品を購入するよう提案され、友達との会話で詰まれば相棒の話題をサジェストしてもらえる。宿題の答えが分からなければ、解法が視界に表示される。
1時間目の現代文。小テストの問題用紙が配られると、葵の視界に答えが次々と表示された。
『問1:C、問2:「人間の尊厳について」、問3:作者の幼少期の体験、問4...』
ペンを走らせながら、葵は少しだけ複雑な気持ちになる。この答えは本当に自分の力なのだろうか。でも、アイがいなければおそらく半分も解けなかっただろう。
休み時間、友人の山田さんが近づいてくる。
「葵ちゃん、また満点だったんでしょ?すごいよね、いつも」
「そ、そんなことないよ。たまたまよく勉強したから」
『嘘をつくのは良くないね』アイが呟く。『君は昨夜、漫画を読んでいた。勉強時間は0分だった』
心の中で「うるさい」と呟きながら、葵は曖昧に微笑む。
昼休み。一人で屋上にいると、アイが突然警告音を発した。
『注意:システムエラーを検知。原因不明のノイズが......』
視界に激しいスキャンラインが走り、一瞬だけ映像がブレる。遠くの校舎の屋上に、人影のようなものが見えた気がしたが、すぐに視界は正常に戻った。
「アイ?大丈夫?」
『......問題ない。古いシステムのバグだ。気にしなくていい』
しかし、アイの声にはいつもの確信が欠けていた。そして葵は気づかなかった。そのノイズの向こうから、赤い光を放つもう一つの瞳が、静かに自分を見つめていたことを。
放課後の図書委員会で、葵は返却された本を整理していた。その時、手に取った一冊の背表紙に、小さな紙片が挟まっているのを見つける。
『君の左目、とても美しいね──G』
「これ、なに?」手紙をアイに見せようとした瞬間、また激しいノイズが視界を覆った。今度はエラーメッセージまで表示される。
『警告:未認証アクセス検知。セキュリティプロトコル発動。接続を遮断します』
図書室の照明が一瞬チカチカと点滅し、他の委員が「あれ?」と呟く声が聞こえた。
帰り道、葵は不安になってアイに話しかける。
「最近、調子が悪いの?何か変なことが起きてるよね」
『君に危険はない。僕が守っているから』
「でも──」
『信じて欲しい、葵。僕は君のために存在している。それだけは、決して疑わないで』
アイの声に、今まで聞いたことのない切実さが込められていた。まるで、何かを必死に隠そうとしているかのように。
家に着くと、母はまだ帰っていない。一人でお弁当を温めながら、葵は左目を鏡で見つめる。青い瞳の奥で、微細な光の粒子が静かに踊っていた。
「アイは、私の一番の友達よね」
『もちろんだ。僕たちはパートナーだ』
でも、パートナーが秘密を持つことはあるのだろうか。そして、その秘密が自分を危険に晒すものだとしたら──。
その夜、葵が眠りについた後、アイは一人静かにログを解析していた。
『接触者:コードネーム"G"。脅威レベル:要監視。葵への接近を阻止する必要がある。プロトコル・ウォールの強化を推奨』
窓の外、街の明かりの向こうで、誰かが静かに一ノ瀬家を見つめていた。赤い右目を光らせながら。
葵の美しい嘘は、まだ誰にもバレていない。しかし、その嘘を暴こうとする者たちが、静かに包囲網を狭めていることを、眠る少女は知る由もなかった。
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『おはよう、葵。現在時







