Zusammenfassung
政府直轄の汚れ仕事担当部署「セーフレール」。ここに所属する1人の孤独を気取るエージェント「白狼」。腕は一流。ただし仕事のやり方に難あり。そんな彼に言い渡された1人の女性エージェントとのペア任務。それが全てのきっかけになることを白狼は知らない。
Kapitel1
「ま、待て! 金ならある! どこに雇われたんだ!?」
血と硝煙の匂いが、豪奢な調度品を覆い尽くすオフィスに澱んでいた。転がる死体は、つい先刻まで屈強な用心棒だった肉の塊。その中心で、不正会計の巨魁として君臨した大企業の会長が、往生際悪く命乞いをしていた。床に広がる己の部下の血溜まりが、高価な絨毯に醜い染みを作っている。その様を、男は冷え切った眼で見下ろしていた。
「悪いな。てめぇの汚ねぇ金には一銭たりとも用はねえんだよ」
苛立ちを隠しもせずに吐き捨てられた言葉。逆立てた短髪の黒髪、ノーネクタイで着崩した紺色のスーツ。その男――白狼は、まるでゴミでも見るかのように会長を睥睨した。両の手には、空間にそぐわないほど清浄な純白のハンドガンが握られている。
「ま、お上はてめぇみたいな悪事を見逃さねぇってこった」
右手の銃口が、すっと持ち上がる。狙いは、恐怖に見開かれた会長の眉間。その完璧な白と、これから迸るであろう赤の対比を想像し、白狼の口元に自嘲的な歪みが浮かんだ。
「お、お前は……まさか、……!」
会長が絞り出した最後の言葉は、驚愕と絶望に染まっていた。
バァン!
乾いた破裂音が、残響すら残さず消える。
『……先日、都内のホテルで遺体で発見された大手建設会社会長の……警察は、銃弾による自殺と断定し……』
無機質な部屋に、アナウンサーの平坦な声が響いていた。都内の一等地にある、低層型小規模高級マンションの一室。そこにあるのは、簡素なテーブルと深く沈み込むような革張りのソファーだけ。あとは、申し訳程度の食料と水、最低限の身だしなみを整える道具。生活感というものが、この部屋からは意図的に削ぎ落とされている。その空虚な空間で、先日の「仕事」の結果が、まるで他人事のようにテレビから流れていた。自殺。便利な言葉だ。真実を覆い隠し、社会という名の機械を滞りなく回し続けるための潤滑油。
白狼は、そのソファーの上で浅い眠りに落ちていた。悪夢は見ない。ただ、底なしの暗闇に沈んでいくだけの、安らぎとは到底呼べない休息。
「白狼さーん! 課長がお呼びですよー!」
甲高い声が、意識の淵から彼を引き上げた。視界の端で、ピンク色の派手な髪がぴょこぴょこと跳ねている。年の頃は十代後半といったところか。大きな瞳をきらきらと輝かせた少女が、彼の顔を覗き込んでいた。
「……なんだ、猿姫か。わかった、今行く」
眠気を振り払うように呟くと、少女――猿川姫奈は、ぷくっと頬を膨らませた。
「猿川姫奈です! いつも言ってるじゃないですか! そんな動物みたいな言い方しないでください!」
「それだけキャンキャン喚いてりゃ、動物みたいなもんだろ」
怠そうに体を起こし、ソファーの背に無造服に掛けられていたスーツに腕を通す。後ろでなおも「ギャーギャー言ってません!」「ちゃんと名前で呼んでください!」と騒いでいる姫奈の声をBGMに、白狼は部屋を出た。
向かう先は、このマンションの地下深くに存在する秘密施設。限られた人間しかその存在を知らず、立ち入ることを許されない場所――「セーフレール」。その心臓部へと続く専用エレベーターに、彼は無言で乗り込んだ。冷たい金属の壁が、外界の光も音も、そして姫奈の明るい声さえも完全に遮断する。ここから先は、彼の本当の居場所だ。
重厚な木目調の扉を、ノックもせずに開ける。
「入りますよ」
声だけかけて踏み込んだ先は、主の威圧感をそのまま形にしたような執務室だった。部屋の中央に鎮座する巨大な机と、それを睥睨する豪奢な椅子。そこに座っていたのは、艶やかな黒髪を夜会巻きに結い上げ、フレームの細い眼鏡をかけた女性だった。深く開いたジャケットの胸元からは、豊かな谷間が惜しげもなく覗き、短いタイトスカートから伸びる脚は、挑発的に組まれている。年齢は……おそらく、触れてはならない領域だろう。ただ、成熟した果実のような妖艶さを放つ、美しい大人の女性。それが、この「セーフレール」の現場責任者、大下恵課長だった。
「この前はお疲れ様。この国の老害を一人、綺麗に葬れたのは大きいわ」
労いの言葉とは裏腹に、眼鏡の奥の瞳は一切笑っていない。氷のように冷たい光を宿している。
「でも、もう少し死人の数を減らせなかったかしら? 後処理班が、後片付けが大変だってブツクサ言ってたわよ」
結果は良し。だが、過程に問題あり。それが彼女なりの叱咤であり、同時に、これ以上壊れるなという歪んだ激励なのだと白狼は知っていた。
「大変申し訳ありませんでした、大下恵課長。以後、重々気をつけます」
白狼は、芝居がかった仕草で深々と頭を下げた。その声音に反省の色が欠片もないことなど、恵にはお見通しだ。それでも、こうして苦言を呈しておかなければ、この男は次、さらに派手に、より自傷的に事を荒立てるだろう。彼女の管理下にある、最も強力で、最も暴走しやすい駒。それが白狼だった。
「で? 労いと苦言を言うためだけに、俺を呼び出したのか? 恵」
不意に、ぞんざいな口調に戻る。呼び捨てにされ、恵の眉がぴくりと動いた。だが、それを咎めることなく、彼女は机の上の一つのファイルを掴むと、野球のピッチャーのような鋭い動作で白狼に投げつけた。
「おっと……」
空中でひらりと舞ったそれを、白狼は危なげなく片手でキャッチする。指先で開いたファイルには、二枚の履歴書が収まっていた。
「市垣栄一。当選4回、与党のベテラン議員。表向きはクリーンな政治家を気取っているけれど、裏では反社会的勢力とズブズブ。資金の援助をしつつ、されつつ……絵に描いたような悪党よ」
一枚目の履歴書に貼られた、人の良さそうな笑顔の男の写真を、白狼は無感動に見下ろす。どうやら、これが今回のターゲットらしい。
「で、どうする? 寝てるところをズドンか? それとも、大勢のSPに守られてるところを、正面から強引にズドンか?」
面倒はごめんだ、と顔に書いてある。その悪びれない物言いに、恵はこめかみを押さえて深くため息をついた。さっきの苦言など、この男の耳には届いていなかったらしい。彼女は言葉を返す代わりに、もう一枚の履歴書を細い指でとん、と指差した。
白狼の視線がそちらに移る。そこに写っていたのは、人形のように整った顔立ちの女だった。透けるような白い肌。おそらくはハーフかクォーター。黒髪に僅かに青みのある瞳、その神秘的な雰囲気を際立たせている。やたらと大きく、吸い込まれそうなほどぱっちりとした瞳が、静かにこちらを見つめていた。可愛らしい、という表現では足りない、どこか人間離れした美貌。
その写真の横に、名は記されていた。
「霞草……」
花の名前。偽名だろう。白狼の口から零れた呟きに、恵が唇の端を吊り上げた。それは、これから起きる面倒事を予感させる、悪魔的な笑みだった。
「すでに秘書として潜入している彼女と組んで、市垣を殺りなさい。……いいこと? 今回は、できるだけスマートに、よ」
ニコリ、と完璧な笑みを浮かべる恵と、あからさまに嫌悪を顔に貼り付けた白狼。
その視線の先にある「霞草」という二文字が、これから始まる厄介事のすべてを象徴しているように思えた。
日本政府直轄極秘案件処理課「セーフレール」。法という白日の下では裁ききれない巨悪を、闇の中で静かに討ち滅ぼすための組織。それが、彼の過去を塗り潰し、未来を縛り付ける、白狼の今の居場所である。
Neueste Kapitel
「今回はこの議員の秘書として指定されたホテルまでアテンドするのが任務よ」
義母である大下恵の執務室。豪奢な調度品に囲まれたその空間で、霞草は冷たい革のソファに浅
純白のハンドガンの銃口が、男の眉間に、冷たく突きつけられている。その目は、獲物を見据える獣のように、何の感情も映していない。
「お前のような奴が、情報を得て素直
翌日。取引予定時刻が迫る頃、俺と姫奈を乗せた車両は、廃工場から少し離れた、打ち捨てられた資材置き場の影に潜んでいた。
全身を苛む痛みに顔を
「猿姫、どうだ?」
車両に乗り込むと、消毒液の匂いが混じった俺の血の匂いを、別の香りが上書きした。振り返る猿川姫奈の瞳には、夜を徹したのだろう、うっすらと隈が浮







