専業主婦を見下す夫と息子に、1億円の宝くじが当たったことを教えてあげた結果
Zusammenfassung
家族に尽くすことだけが存在価値だと信じていた専業主婦が、愛する息子から投げつけられた「寄生虫」という絶望の一言をきっかけに、「良き妻」の仮面を脱ぎ捨て――これは、誰も知らなかったベストセラー作家という真の顔と才能で、自分を蔑んだ夫と息子、そして“家族”という名の呪縛に最も痛快な終止符を打つ、ひとりの女性の華麗なる逆襲劇。
Kapitel1
週末の銀座は、まるで呼吸しているかのように人の波で膨らんでは縮んでいた。私、星野夏織は、その鮮やかで喧騒に満ちた流れの中を、一人息子の明人と共に漂っていた。私たちの目的地は三越百貨店。今日の主役は、もうすぐ十歳になる明人だ。
「ママ、本当に買ってくれるんだよね?限定版のレゴ・スペースシャトル!」
私の手を引きながら、明人は期待に満ちた声で何度も確認する。その瞳は、ショーウィンドウに飾られたどんな宝石よりもきらきらと輝いていた。
「もちろんよ。明人がずっと欲しがっていたものだもの」
私は微笑みながら答える。息子が喜ぶ顔を見ることが、いつからか私の人生における最大の喜びになっていた。玩具売り場に到着すると、明人は一直線に目当ての棚へ駆け寄った。そこには、彼の背丈ほどもある大きな箱が鎮座している。二万円という値札が目に入ったが、私の心はほとんど揺れなかった。夫、斎藤剛の給料からすれば、息子のためのこの程度の出費は許容範囲だ。私は躊躇なくクレジットカードを差し出し、満面の笑みで箱を抱える息子を眺めた。その重ささえも、母親としての幸福の重みのように感じられた。
買い物を終えた後、私たちはカフェで親友の早乙女玲奈と合流した。彼女は独身のキャリアウーマンで、私とは全く違う世界に生きている。今日は彼女の靴選びに付き合う約束だった。
「夏織、お疲れ様。明人君、すごい大物ゲットしたわね」
玲奈は明人が抱える箱を見て、からかうように笑った。
「玲奈さん、こんにちは!これ、すっごくレアなんだよ!」
明人は得意げに胸を張る。私たちは婦人靴売り場へと向かった。そこは革の香りと静かな空気が支配する、洗練された大人の空間だった。明人はすぐに興味を失い、隅の椅子に座ってスマートフォンを取り出した。玲奈が様々なブランドの靴を試している間、私の目は、ふと一つのディスプレイに吸い寄せられた。
そこに佇んでいたのは、ジミーチュウのパンプスだった。シャンパンゴールドの滑らかな曲線を描くスティレットヒール、繊細なグリッターが光を浴びて星屑のようにきらめいている。それはまるで、おとぎ話に出てくるガラスの靴のようだった。私が専業主婦になる前、最後に自分にご褒美として買ったのも、ここのブランドの靴だったことを思い出す。もう何年も、こんな風に自分のためだけに心がときめくことなんてなかった。
「夏織、それ、すごく綺麗。履いてみたら?」
いつの間にか隣に来ていた玲奈が、私の視線を追って言った。
「え、でも……私にはちょっと派手すぎるかな」
口ではそう言いながらも、私の足は自然と靴に向かっていた。
「お客様、とてもお似合いですよ。こちらの新作は、パーティーシーンはもちろん、普段のファッションのアクセントにも素敵なんです」
店員の女性が、完璧な笑顔で靴を差し出してきた。恐る恐る足を入れると、上質な革が優しく足を包み込む。鏡に映った自分の足元は、まるで魔法にかけられたかのように見違えて見えた。普段はスニーカーかフラットシューズばかりの私の足が、信じられないほどエレガントで、女性らしく輝いている。
「わあ、夏織、最高じゃない!シンデレラみたい!」
玲奈が心から感嘆の声を上げる。その言葉に後押しされて、私の胸は高鳴った。いいかもしれない。たまには、こんな贅沢も。夫に相談すれば、少し嫌な顔はされるかもしれないけれど、許してくれないことはないだろう。
「うん、綺麗だね」
不意に、背後から気のない声がした。振り返ると、スマートフォンの画面から一瞬だけ顔を上げた明人が、つまらなそうにこちらを見ている。ゲームに負けたのか、その表情は不機嫌そのものだった。
「本当?明人もそう思う?」
それでも息子の同意は嬉しくて、私は声を弾ませた。しかし、私のささやかな幸福は、次の瞬間、無慈悲に打ち砕かれることになる。
「それで、おいくらなんですか?」
玲奈が店員に尋ねた。
「はい、こちらは税込みで九万二千円でございます」
店員の言葉が、静かな空間にクリアに響いた。九万二千円。その数字を聞いた瞬間、隣にいた明人の顔つきが劇的に変わったのを、私は見逃さなかった。彼の眉がつり上がり、口が驚きと不満で半開きになる。
「きゅ、九万!?」
先ほどまでの無関心はどこへやら、明人は椅子から飛び上がると、金切り声を上げた。
「ママ、買うの!?そんな高い靴!九万円もあれば、僕のプラモデルが何個も買えるんだよ!」
その甲高い叫び声は、上品な雰囲気が漂う売り場に不釣り合いに響き渡り、周囲の客たちの視線が一斉に私たちに突き刺さった。玲奈も店員も、困惑した表情を浮かべている。私の顔からは血の気が引き、背筋が凍りつくのを感じた。
「明人、静かにしなさい。ここは公共の場所よ」
私はかろうじて声を絞り出した。しかし、一度火がついた息子の怒りは、もはや私の手に負えるものではなかった。彼は私の前に仁王立ちになると、指をさして、これまで聞いたこともないような、憎悪に満ちた声で叫んだ。
「買うなんて許さない!だってママは専業主婦じゃないか!仕事もしてないで、毎日家にいるだけ!全部パパが稼いだお金なんだぞ!パパのお金で暮らしてるだけのくせに、そんな高い靴、履く資格なんてないんだよ!」
シン、と売り場が静まり返った。最後の言葉は、まるで鋭利な氷の刃のように、私の心臓のど真ん中を貫いた。周りの客たちが、侮蔑と好奇の入り混じった目で私を値踏みしているのがわかる。ある者は憐れむように、またある者は「だから専業主婦は」とでも言いたげに、ひそひそと囁き合っている。
恥ずかしさで死にそうだった。だがそれ以上に、私の心を支配したのは、骨の髄まで凍てつくような絶望的な寒さだった。
――パパのお金で暮らしてるくせに。
その言葉は、まるで夫の剛が、そして時々家にやってくる姑が、私に向かって吐き捨てる言葉そのものだった。彼らは決して、ここまで直接的には言わない。だが、その言動の端々には、常に「養ってやっている」「お前は金を使わないのが仕事だ」という無言の圧力が滲んでいた。私はそれに気づかないふりをし、家族のために尽くすことで自分の価値を見出そうと、必死に自分をだまし続けてきた。家事を完璧にこなし、息子の教育に心血を注ぎ、夫が気持ちよく外で働けるように家庭という城を守る。それが私の誇りであり、存在意義だと信じてきた。
だが、目の前の息子が、その私の全てを、いとも簡単に否定してみせた。私が愛情を注ぎ、何よりも大切にしてきた存在が、私を「寄生虫」だと断罪したのだ。
何かが、ぷつりと切れる音がした。長年、張り詰めていた糸が、もう二度と元には戻らないほど、あっけなく断ち切られた音だった。
私の唇の端が、ゆっくりと吊り上がっていくのが自分でもわかった。それは微笑みと呼ぶには、あまりにも冷たく、歪んだ形をしていた。私はゆっくりと立ち上がると、呆然と私を見つめる店員に向かって、静かに、しかしはっきりと告げた。
「この靴、いただきます。それから……あちらの黒いブーツも。サイズは同じで」
私が指さしたのは、さらに高価な、十五万円の値札がついたロングブーツだった。
「えっ……夏織!?」
玲奈が驚きの声を上げる。明人は信じられないという顔で私を見上げた。
「ママ、何言ってるの!?ダメだって言ってるだろ!」
再び始まった息子の甲高い叫びを無視して、私はバッグからカードケースを取り出す。
「お支払いは、一括で」
私のその態度が、明人の最後の理性を吹き飛ばしたらしい。彼は泣き叫びながら私の腕に掴みかかってきた。その瞬間だった。
パァンッ!
乾いた、鋭い音がフロアに響き渡った。私の右手が、明人の頬を力いっぱい叩いていた。結婚してから、いえ、生まれてから一度も、我が子に手を上げたことなどなかった。
叩かれた頬を押さえ、一瞬何が起きたかわからないという顔で固まっていた明人は、やがて火がついたように泣き出した。わんわんと泣き叫び、床に転がって手足をばたつかせる。周囲の視線が、さらに冷たく私に突き刺さる。だが、もはや私の心は、一ミリたりとも動かなかった。
私は二つの大きなショッパーを店員から受け取ると、泣きわめく明人の腕を乱暴に掴んで引きずり起こした。そして、彼が先ほどまで宝物のように抱えていたレゴの箱を、その手からひったくる。
「え……?ママ、何するの……?」
涙でぐしょぐしょの顔で、明人が私を見上げる。私は一切の感情を消し去った声で、彼が先ほどまでいた玩具売り場を指さした。
「行くわよ」
有無を言わさず、私は明人の腕を引いて、来た道を引き返した。先ほどまで天国だったはずの玩具売り場が、今はまるで処刑場のように見える。レジカウンターに行くと、私はにこやかに対応してくれた店員に、レゴの箱とレシートを突きつけた。
「申し訳ありませんが、こちら、返品をお願いします」
「えっ」と目を見開く店員と、隣で絶望的な顔つきになる息子を交互に見やり、私は続けた。
「息子には、まだこれを持つ価値がないと判断しましたので」
「いやだ!僕のスペースシャトルだ!返してよ、ママの嘘つき!」
明人は私の足にしがみついて泣き叫ぶ。私はその小さな体を冷ややかに見下ろし、はっきりと、一言一句、彼の心に刻みつけるように言った。
「今のあなたに、私が稼いだお金を使われる価値なんてないの」
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