贈り物
ملخص
※※※ショートショートです※※※
ある日、世界中の空に突如として銀色の円盤が現れた。
それは攻撃もせず、破壊もせず、ただ一枚の紙を地上へ降らせる。
そこに書かれていたのは、たった一文。
「ミナサン、コレカラ、ダイナマイト、オトシマス」
その瞬間、世界は恐怖に包まれた。
超大国は地下シェルターで緊急会議を開き、各国の指導者たちは最悪の事態に備え始める。そして、誰もが様子をうかがう中、一つの小国が世界を揺るがす決断を下した。
これは、ある“贈り物”をめぐる物語。
人類は未知の存在を前にしたとき、何を信じ、何を恐れるのか。
الفصل1
空は、いつもと変わらない青だった。
朝の八時十五分、スーパーの前で八百屋のじいさんが、みそっかすみたいな声で「トマト安いよー」なんて叫ぶ。主婦のカゴには、まだ朝露がついたレタスが入っていた。小学生の集団が、斜めに背負ったランドセルを揺らしながら、信号待ちで「今日算数のテストだよな」って小声で話していた。
そのとき、最初に気づいたのは、犬だった。
白いパピヨンが、急にしっぽを巻き込んで、空を見上げた。飼い主の主婦が「どうしたの?」って首を傾げた瞬間、犬は「キャン!」と鳴いた。それが合図だったみたいに、次々と人が空を見上げる。
最初は、小さな銀の点だった。
「飛行機かな?」って誰かが呟いた。でも、飛行機じゃない。銀色の円盤が、雲を突き抜けるように、ゆっくり近づいて来る。音がない。まるで、映画のワンシーンみたいに、巨大な影が街全体を覆っていった。
八百屋のじいさんが、手に持ったトマトを落とした。真っ赤な実が、アスファルトで弾んで、車道に転がっていく。誰もそれを拾おうとしない。みんな、口を開けたまま、空を見上げてるだけだった。
円盤は、公園の上に止まった。
高さは、百メートルほどだろうか。窓ガラスみたいな表面に、朝日が反射して、キラキラ光ってる。下の方に、小さな穴が開いた。何かが落ちて来る。
白い紙だ。
風に乗って、ゆっくり舞い降りてくる。最初に手に取ったのは、ランドセルを背負った女の子だった。紙には、子供の落書きみたいな絵が描かれている。銀色のUFOが、キラキラした石を降らせている図だ。
女の子が、大声で読み上げた。
「ミナサン、コレカラ、ダイナマイト、オトシマス」
静寂が、街を包んだ。
八百屋のじいさんが、震える声で言った。「ダイナマイトって...爆弾だろ?」誰も返事をしない。ただ、空を見上げるだけ。銀色の円盤は、相変わらず静かに浮かんでる。
そのとき、スマホの着信音が鳴った。
主婦の一人が、震える指でスマホを取り出した。「ニュース速報」って出てる。画面を見ると、どこの国も同じビラが降ってるって言っている。
アクシオン連邦でも、ヴォイド・ティアン共同圏でも、フロストヴォイド帝国でも。
ルミナス・クリスタルの地下シェルターで、アクシオン連邦大統領は顔面蒼白だった。
「ダイナマイトだと?」大統領は、軍の制服を着た男たちを見回した。「つまり、宣戦布告だな?」国防長官が、汗を拭きながら答えた。「残念ながら、そう解釈するのが自然です」
大統領は、テーブルを拳で叩いた。
「超大型迎撃ミサイルを準備しろ。先制攻撃だ」副大統領が、慌てて止めようとした。「でも、まだ相手の正体も...」「関係ない!」大統領の声は震えていた。「ビラに書かれた通りにやられたら、終わりだ」
同じ頃、ヴォイド・ティアン共同圏の首都でも、緊急会議が開かれていた。
「アクシオン連邦が先に動いたら、俺たちが出し抜かれる」永劫帝皇(えいごうこうこう)は、地図を睨んでいた。
「我々も超大型迎撃ミサイルの準備を...」
フロストヴォイド帝国の大統領も、同じような電話を受けていた。
「面白い。アクシオン連邦が先手を打つ前に、我々が...」
三国の指導者は、それぞれの地下シェルターで、同じボタンに手を伸ばしかけていた。
そのとき、誰も予想しなかったことが起きた。
小国、赤星学級連邦から、超大型迎撃ミサイルが発射されたのだ。最高学級委員長は、独断で「UFOを撃墜せよ」と命じていた。ミサイルは、東の空を裂いて、銀色の円盤を目指して一直線に飛んでいった。
全世界が、息を呑んで見守った。
ミサイルは、見事に命中した。
銀色の円盤は、空中で爆発した。ところが、思ったような爆発じゃなかった。まるで、巨大な花火みたいに、キラキラ光るものが、四方八方に散った。
それらは全て青い海に向かって落ちていった。
深い、深い海の底へ。
誰も、それがなんなのかはわからなかった。
赤星学級連邦が先制攻撃を敢行したというニュースは、瞬く間に全世界を駆け巡った。
「赤星学級連邦、単独で未知の脅威を撃墜」
「最高学級委員長の果断なる決断、世界を救う」
テレビもネットも、どの国でも同じような見出しが躍っていた。つい数時間前まで「危険な孤立国家」「予測不能な独裁体制」と揶揄されていた赤星学級連邦は、一夜にして「勇気ある唯一の行動者」へと祭り上げられていた。国際的な称賛の声が殺到した。
特に、普段は赤星学級連邦を鼻で笑っていた国々の市民から、意外なほど熱い支持が集まった。
「結局、あの国だけが本気だった」「他の大国はまた口だけか」と。
一方、アクシオン連邦のルミナス・クリスタル地下シェルターでは、重苦しい空気が流れていた。大統領は拳を握ったまま、画面に映る赤星学級連邦の国旗を睨みつけていた。国防長官が小さく咳払いをした。
「……我々が迎撃体制を整えていた間に、先を越されました」
「黙れ」
大統領の声は低く、苛立っていた。
「世界中が我々を、臆病な大国の代表のように見ているぞ」
ヴォイド・ティアン共同圏の帝都でも、同じような空気が支配していた。永劫帝皇は玉座に深く腰掛けたまま、指先で机をトントンと叩いていた。側近の一人が恐る恐る進言した。
「世界の目は……赤星学級連邦に集中しております。我々は『兵器の準備だけしていた大国』という扱いに……」
「わかっている」帝皇の声は冷たく、静かだった。普段なら「東方の智将」と持ち上げられるはずの自分が、今はただの「腰抜けの計算高いお飾り大将」として冷ややかな視線を浴びている。それが腹立たしかった。
フロストヴォイド帝国の地下指揮所でも、似たような光景が広がっていた。
「我々が動くより一歩早かったとはな……」
大統領は苦笑し、部下たちを見回した。誰もが目を逸らした。世界は今、「三つの超大国は口だけで、ちっぽけな赤星学級連邦だけが行動した」という単純な図式で語り始めていた。
アクシオン連邦、ヴォイド・ティアン共同圏、フロストヴォイド帝国——世界を牛耳ると自負していた三つの巨頭は、揃って「後手に回った大国」という、かつてない屈辱的なレッテルを貼られることになった。
その夜、赤星学級連邦の首都では、最高学級委員長の巨大な肖像画の下で、盛大な祝賀パレードが行われていた。
そして、空は相変わらず青く、何も変わっていないように見えた。
その頃、宇宙の彼方では、会議が開かれていた。
銀色の円盤の残骸が、浮かんでいる。中から、光る人影が出てきた。人間に似ているが、体が透けて見える。
「一体どういうことだこれは?」
「なぜ、破壊攻撃を仕掛けてきたのだ?」
「通訳はどこだ?」
一人の宇宙人が、慌てて飛んできた。
「申し訳ありません。翻訳ミスがありました」
「何だって?」
「ダイヤモンドを、ダイナマイトと訳してしまいました」
会議室に、沈黙が流れた。
「つまり...」
「我々は、友好的な贈り物を届けようとしただけなのに...」
「地球人は、それを宣戦布告と受け取った?」
「恐らく...」
光る人影は、窓の外を見た。
遥か彼方に、青い地球が見える。
「我々の先祖も、あんなに怖がりだったのか?」
「進化の過程で、恐怖心は必要だったんでしょう」
「でも...」一人の宇宙人が、首を傾げた。
「あんなに原始的な反応をする種族も、珍しいですね」
通信が入った。
「地球は、保護区に指定されました。観察対象として、他の宇宙文明から守ることに決まりました」
光る人影たちは、静かに頷いた。
「そうだな。突然の飛躍的な進化よりも、一歩ずつ手順を踏んで進化していく方が、遥かに健全だ」
「そもそも、あのような好戦的な種族に技術を提供すれば、いつ牙をむかれるかわからない。あまりに危険だ。」
「まあ、いいでしょう。あれは、我々の遠い遠い過去の姿だ。進化の記録として、大切に見守りましょう」
銀色の円盤は、静かに空間を歪めて、消えていった。
地球では、誰もダイヤモンドのことは知らない。
八百屋のじいさんは、翌日もトマトを売っていた。主婦たちは、レタスを選びながら、「昨日は何だったのかしら?」って小声で話してた。小学生たちは、もうUFOのことなんて忘れて、国語のテストの話をしていた。
いつもの日常に戻った世間を尻目に、深い海の底では、無数のダイヤモンドが、静かに光り続けている。
誰も、それを見つけることはない。







