説明
名門アルヴェール家の青年アルフレートは、ライバル関係にあるノクティス家の存在を心底嫌っていた。一方、ノクティス家の令嬢エレナもまた、アルヴェール家を快く思ってはいない。
――そんな二人が、仮面の下で出会う。 互いの正体を知らぬまま惹かれ合い、抗えぬほどの熱に身を委ね、忘れがたい一夜を過ごす。 しかし夜が明け、仮面が外れたとき――
エピソード1
降りしきる雪は、すべてを白く塗り潰そうとしていた。
しかし、その冷酷な純白をもってしても、アルヴェール家とノクティス家の間に流れる黒く濁った歴史を覆い隠すことはできない。
社交界の夜。
豪奢な邸宅の入り口で、その再会は唐突に、そして最悪の形で果たされた。
アルヴェール家の若き当主、アルフレート。
彫刻のように整った容貌に、氷のような冷徹さを宿した瞳。
彼は、雪を払う執事の手を借りることなく、自ら大外套を脱ぎ捨てた。
その視線の先に、彼女がいた。
ノクティス家の令嬢、エレナ。
雪とともに輝くブロンドの髪と、意志の強さを物語る琥珀色の瞳。
彼女は、エントランスの鏡で身なりを整えていたが、アルフレートの気配を感じた瞬間に動きを止めた。
二人の視線が、空中で激しく衝突する。
数世代にわたる領地争い。
互いの家系が流してきた血と涙の記憶。
それらが二人の間に、目に見えない、けれど決して壊せない冷たい壁を作り上げていた。
アルフレートは、エレナを足元の泥でも見るかのような冷淡な眼差しで見下ろす。
エレナもまた、その形の良い唇を微かに歪め、嫌悪を隠そうともせずに彼を無視した。
言葉など必要なかった。
そこにあるのは、純粋な拒絶と、骨の髄まで染み込んだ宿怨だけだ。
二人は一言も交わすことなく、背を向けて会場の奥へと消えていった。
◆
会場の隅、シャンデリアの光が届きにくい壁際で、アルフレートは独り、苛立ちを噛み締めていた。
手の中には、先代から受け継いだ古い銀のライターがある。
彼は完璧主義者として知られ、その所作の一つひとつに隙がない。
親指でライターの蓋を弾き、カチリ、カチリと規則的な音を刻む。
それは彼にとって、乱れた心を鎮めるための儀式だった。
だが、今夜はどうしても指先が落ち着かない。
(……あの女)
会場の喧騒、管弦楽の調べ、着飾った貴族たちの笑い声。
そのすべてを突き抜けて、彼の耳には、ある特定の音だけが異様な鮮明さで届いていた。
衣擦れの音。
エレナが歩くたびに、上質なシルクが重なり合い、擦れ合う、微かな、けれど官能的な響き。
アルフレートは無意識に、その音に合わせて指を動かしていた。
彼女がどこにいて、どの程度の歩幅で歩いているのか、視界に入れずともわかってしまう。
その事実が、彼をいっそう苛立たせた。
一方、エレナもまた、平穏とは程遠い場所にいた。
「エレナ様、今夜の貴女はまるで月そのものだ」
「この後のダンス、是非私に……」
群がってくる求婚者たちの、中身のない賛辞。
彼女はそれらを優雅な微笑みで受け流しながら、背中に突き刺さるような熱を感じていた。
強烈な、圧倒的な存在感。
見なくてもわかる。あそこに、あの男がいる。
アルフレートが放つ冷気と、その奥に潜む獣のような熱。
それが彼女の肌を撫でるたびに、産毛が粟立つような感覚に襲われる。
ドレスの下の肌が、彼に凝視されているかのように熱を持ち、心臓の鼓動が早まる。
「……失礼。少し風に当たりたいの」
彼女は逃げるように、求婚者たちの輪を抜け出した。
憎んでいるはずなのに。
軽蔑しているはずなのに。
どうしてこれほどまでに、あの男の気配に身体が反応してしまうのか。
その答えを出すことが、エレナには恐ろしかった。
◆
数日後、二人の元に「それ」は届いた。
差出人不明。
漆黒の封筒に、鮮血を思わせる深紅の封蝋。
領地で最も退廃的で、最も背徳的だと囁かれる無名の仮面舞踏会、
【搭の仮面舞踏会】への招待状だった。
そこは、家柄も名誉も、そして忌々しい名前すらも仮面の下に隠すことが許される場所。
法も倫理も届かない、一夜限りの禁じられた宴。
アルフレートは、書斎の机でその招待状を見つめていた。
当主としての重圧。
アルヴェール家の名を背負う責任。
そして、あの夜から頭を離れないエレナの残像。
(名前を捨てれば、この苛立ちから逃れられるだろうか)
彼は自嘲気味に笑い、招待状を手に取った。
一方のエレナもまた、自室のベッドの上で同じ決意を固めていた。
ノクティス家の令嬢としてではなく、ただの一人の女として。
あの男への、説明のつかない、そして認めたくない執着を振り切るために。
二人は、自らを縛り付ける鎖を解き放つため、仮面の裏側へと身を投じることを選んだ。
最新エピソード
密室の熱気と、肌を焼くような愛撫の名残が、まだ二人の皮膚にまとわりついていた。
乱れた髪を指で梳き、はだけたドレスの胸元を
窓の外から忍び寄る月明かりは、夜の闇を容赦なく切り裂いていく。
青白く、どこか冷徹な光の粒子が、乱雑に床へ散らばった衣類を照らし出してい
舞踏会の会場は、日常の光が届かない地下の迷宮のようだった。
漂う香煙は甘く、人々の欲望を煽るように肺を満たす。
降りしきる雪は、すべてを白く塗り潰そうとしていた。
しかし、その冷酷な純白をもってしても、アルヴェール家とノクティス家の間に流れる黒く濁った歴史を覆い隠すこと
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