追放された少年は荒神を喰らい、世界最強へ成り上がる
ملخص
「人柱」として家族を奪われた少年・空木蓮。
塔下町の最底辺で死にかけた彼は、謎の男から禁忌の遺物【禍魂之核】を押し付けられる。
その能力は【荒神饕餮】――荒神を喰らうことで、傷を癒し、能力を奪い、際限なく進化する、まさに"反則"の力。
薬師の少女・千草霞と契約を結び、白鷺柱の攻略を開始した蓮。 腐臭鼠、影猫、鉄甲虫……次々と荒神を喰らい、驚異的な速度で強くなっていく。
だが、宿敵・源宗一との再会が全てを変える。
第十層の守護者【金剛玄武】との死闘の果て、蓮の秘密は白日の下に晒された。
「捕らえろ! 奴の体には"原初の力"がある!」
復讐者は今、追われる身となった。 逃げるか、戦うか。答えは一つ――喰らい尽くすのみ。
الفصل1
空は、鉛を溶かしたような色をしていた。
天を衝く巨塔、「白鷺柱(しらさぎばしら)」は、その荘厳な巨体の上層を分厚い雲の中に隠し、地上に暮らす人々を無慈悲に見下ろしている。まるで、神の巨大な墓標だ。その根元にへばりつくように広がるのが、人々が「塔下町(とうかしたまち)」と呼ぶ、泥と錆と絶望の匂いが染みついた巨大なスラムだった。
雨が降っていた。細く、冷たい雨が、錆びついたトタン屋根を叩き、ぬかるんだ道をさらにぬかるませていく。人々は家々の軒下や、崩れかけた壁の陰に身を寄せ、息を潜めていた。恐怖に満ちた沈黙が、町全体を支配していた。
今日は、「人柱(ひとばしら)」の選定儀式の日だったからだ。
やがて、その沈黙は整然とした足音によって破られた。泥道をものともせず、一糸乱れぬ歩調で進んでくる一団。彼らは、この塔下町を支配する武家、「源氏」の侍たちだった。磨き上げられた黒金の甲冑は冷たい光を放ち、雨粒を弾いている。彼らの清潔さと、周囲の汚泥との対比は、二つの世界が決して交わらないことを残酷なまでに示していた。
一団の先頭で馬上にいるのは、若年の指揮官。年は十六といったところか。絹のように艶やかな黒髪をまとめ、顔立ちは人形のように整っている。だが、その瞳は、まるで磨き上げた黒曜石のように、何の感情も映していなかった。彼こそが、源氏の嫡男、源宗一(みなもとそういち)その人だった。
「これより、第百三十二回、『天御柱(あめのみはしら)』への礎となる『人柱』を選定する」
宗一の側に控える家宰が、朗々と声を張り上げた。その声には何の温度もなかった。それは告知であり、決定であり、逆らうことの許されない神託だった。
人々はさらに深く身を縮こまらせた。誰もが自分の名が呼ばれないことを、神にも悪魔にも祈っていた。人柱。それは、白鷺柱の各階層に巣食う、人を喰らう異形の怪物「荒神(あらがみ)」の餌食となる、生贄に他ならなかった。次の階層へ進むための道を切り拓く、使い捨ての“基石”だ。
家宰が羊皮紙を広げ、乾いた声で名前を読み上げ始めた。
「――田中、権助」
「――佐々木、とめ」
呼ばれた者の家族から、押し殺した悲鳴が上がる。しかし、誰も抵抗しない。抵抗すれば、一族郎党、皆殺しになるだけだ。源氏の侍たちが無感情に歩み寄り、絶望に顔を歪ませた老人や、幼子を抱いた母親を引きずり出していく。
空木蓮(うつぎれん)、十三歳。彼は、崩れた壁の隙間からその光景を、息を詰めて見ていた。瘦せっぽちの体は、恐怖で小刻みに震えている。だが、それ以上に、彼は背後に隠した妹、華(はな)の手を強く握りしめていた。五歳になる妹は、何が起きているのかもわからず、ただ兄の背中にしがみついている。
「大丈夫だ、華。ここにいれば、見つからない」
蓮は囁いた。それは妹に言い聞かせているようで、自分自身に言い聞かせている言葉だった。
しかし、運命はあまりにも無慈悲だった。
「――空木、正(ただし)」
家宰の声が、蓮の父親の名を告げた。瞬間、蓮の世界から音が消えた。隣で息を飲んだ母の顔が、ゆっくりと、絶望の色に染まっていく。
「そんな……」
侍たちが、彼らの隠れ家であるみすぼらしい小屋に、まっすぐにやってくる。父親は、震える妻と子供たちを庇うように立ち塞がったが、何の役にも立たなかった。
「やめろ!」蓮は叫んだ。十三歳の少年の、か細い抵抗だった。「父さんを連れていかないでくれ!」
彼は侍の足に縋りついた。だが、侍はまるで足元に纏わりついた虫を払うかのように、蓮を無造作に蹴り飛ばした。蓮の体は泥水の中に叩きつけられ、脇腹に激痛が走った。
「蓮!」母の悲鳴が聞こえる。「お願いです、この子達の父親なんです!どうか、どうかお慈悲を!」
母は地面に額をこすりつけて命乞いをした。だが、その声は誰にも届かない。
その時だった。馬上から、冷たい視線が蓮を射抜いた。源宗一だ。彼は、泥水の中でもがく蓮を、まるで路傍の石ころでも見るかのような、何の興味も関心もない、完全な無の瞳で一瞥した。彼の世界に、蓮という存在は、そもそも認識すらされていなかった。
その視線が、蓮の心に、決して消えない烙印を焼き付けた。
憎しみ。
そうだ、これが憎しみだ。全身の血が沸騰し、骨の髄まで焼き尽くすかのような、黒い灼熱の感情。
「――空木、咲(さき)」
「――空木、華(はな)」
家宰は、追い打ちをかけるように、母と妹の名前までも読み上げた。一家全員が、人柱だった。
「いやあああああっ!」
蓮の絶叫は、雨音にかき消された。母と、泣き叫ぶ華が、侍たちに引きずられていく。蓮は、脇腹の痛みに呻きながら、必死に手を伸ばした。
「母さん!華!」
だが、その手が届くことは、二度となかった。
混乱の中、人柱を集める侍たちの一団の後方で、小さな騒ぎが起きていた。
「裏切り者めが!源氏の御為に死ぬことを誉れと思わぬか!」
怒声と共に、刃と刃がぶつかる甲高い音が響いた。一人の「塔守(とうもり)」の制服を着た男が、数人の源氏の侍に囲まれていた。男の胸には刀が深々と突き刺さり、口からは血の泡を吹いている。彼は、人柱の選定に反発した、数少ない良心ある者だったのだろう。
侍たちに追い詰められ、男はよろめきながら、ちょうど蓮が倒れている路地の暗がりへと転がり込んできた。
「ぐっ……!」
男は蓮の存在に気づくと、最後の力を振り絞るように、震える手で懐から何かを取り出した。それは、人間の心臓のように不気味に脈動する、血色の勾玉(まがたま)だった。滾るような熱を発し、禍々しい光を放っている。
「これを……」男は、蓮の胸にその勾玉を強く押し付けた。「生きろ……生きて、奴らの……我々の代わりに……」
言葉は、そこで途切れた。追い付いてきた侍の一人が、男の首を無慈悲に刎ねたからだ。生温かい血が、蓮の顔に降り注いだ。
勾玉が、灼熱の鉄のように蓮の胸を焼いた。蓮は悲鳴を上げたかったが、声が出なかった。勾玉はまるで生き物のように彼の皮膚を溶かし、肉を抉り、肋骨の隙間から体内へと侵入していく。
「ぐ……ああ……あああああっ!」
心臓を直接握り潰されるような激痛。寄生する心臓。彼の心臓の隣で、もう一つの心臓が、力強く、そして邪悪に鼓動を始めた。
蓮の意識は、そこで途絶えた。
***
どれくらいの時が過ぎたのか。
蓮は、ゴミと汚水が混じり合った、路地裏の悪臭の中で目を覚ました。体中が鉛のように重い。だが、あれほど痛んだ脇腹の傷は、なぜか鈍い痛みに変わっていた。
そして、腹が、減っていた。
まるで胃袋が内側から喰い尽くされるかのような、暴力的なまでの飢餓感。彼はよろめきながら立ち上がり、何か口に入れられるものを探した。
ゴミの山を漁っていると、一匹の大きな鼠が、腐った野菜の切れ端を咥えて駆け抜けていった。その瞬間、蓮の瞳が、ぎらりと光った。
本能が、命令していた。
――喰らえ、と。
彼は、我を忘れてその鼠に飛びかかった。鼠は驚いてキーキーと鳴き、逃げようとする。だが、今の蓮の動きは、十三歳の少年のそれとは思えないほど素早かった。彼は鼠を捕らえると、その首筋に、まるで獣のように噛みついた。
温かい血の味と、生肉の味が口の中に広がる。吐き気が込み上げてきた。涙が溢れた。自分は、人ではなくなってしまったのではないか。
だが、彼は食べるのをやめなかった。飢餓感が、それを許さなかった。
そして、彼は気づいた。鼠の血肉を飲み込むたびに、体の中から、奇妙な暖かさが湧き上がってくるのを。殴られた体の痛みが、和らいでいくのを。
これが、あの勾玉の力なのか。
その日から、蓮の生き方が変わった。彼は人間が食べるものを捨て、獣のように生き始めた。彼は鼠を狩り、野良犬を狩り、時には塔の壁際から落ちてくる、異形の昆虫の死骸すら喰らった。
そのたびに、彼の傷は癒え、彼の体には力が漲った。彼の動きはますます速く、しなやかになり、闇に紛れる術を自然と身につけていった。
塔下町の他の浮浪児たちは、そんな彼を気味悪がった。血に汚れ、生肉を喰らい、獣のような目で他人を睨む姿を見て、彼らは蓮をこう呼んだ。
「悪犬(あくけん)」、と。
蓮は気にしなかった。他人がどう思おうと、どうでもよかった。彼の世界には、もはや二つのものしか存在しない。
一つは、生き延びるための、絶え間ない飢餓感。
そしてもう一つは、雨の日に見た、あの光景。泥水に映った、自分を見下す源宗一の、あの冷たい瞳。
その日から、蓮はただ生きるだけの獣であることをやめた。彼は夜ごと、塔下町を見下ろす高台に登り、雲を貫く白鷺柱を睨みつけた。
あの塔に登らなければならない。
強くなるために。
力をつけ、いつか、あの男の喉笛に食らいつくために。
十三歳の少年の心に宿った、消えることのない怨念の炎。その炎を薪として、悪犬と呼ばれた少年は、復讐の牙を研ぎ始めた。
二つの心臓が、彼の胸で、冷たく、そして力強いリズムを刻んでいた。
彼の狩りは、まだ始まったばかりだった。
أحدث الفصول
源宗一の、誇りと共に砕け散った意識を尻目に、蓮は、再び、鍛冶場の中心、巨大な金床(かなとこ)へと向き直った。
彼の復讐は、終わった。
神聖な鍛冶場に、静寂が戻った。
それは、嵐の後の、死んだような静けさだった。破壊された機械の残骸が、パチパチと、小さな火花を散らしている。鍛冶場の中心に浮かぶ
吹き飛ばされた体は、鍛冶場の冷たい床を滑り、鈍い音を立てて壁に叩きつけられた。
「ぐ……っ!」
肺から空気が強制的に絞り出さ
第三十階層の扉は、生命を拒絶するかのように、冷たく、固く、閉ざされていた。その表面に刻まれた【原初之人】の紋章だけが、遥か古代の記憶を宿し、淡い光を放っている。







