Краткое содержание
外界から遮断された「隠狼村(かげろうむら)」で、満月の夜に繰り返される惨殺事件。フリーライターの久瀬遥人は、村の残酷な伝統である「人狼狩り」に巻き込まれていく。
Глава1
アスファルトの文明が途切れ、湿った腐葉土の匂いが肺の奥深くまで侵入してくる頃、久瀬遥人の足元からは道という概念が消失しかけていた。杉の巨木が天を突き、斜光を複雑に屈折させる山道は、数十年もの間、誰の足跡も受け入れていないかのように沈黙している。失踪した知人、若林が最後に残したメモには、ただ一言「隠狼村(いぬろむら)」という、どの公的な地図にも、地名辞典にも記載されていない名前が記されていた。フリーライターとしての好奇心よりも、沈殿した泥のような義務感が遥人を突き動かしていた。足首まで埋まる落葉を掻き分け、シダ植物が肌を撫でる不快な感触を無視して進むと、視界の端に、赤というよりもどす黒い血が乾いたような色をした木材が飛び込んできた。
それは、半ば崩落し、蔓草に絞め殺されようとしている鳥居だった。柱の根元は湿気で黒ずみ、横木は自重に耐えかねて中央から緩やかに撓んでいる。その境界線を跨いだ瞬間、鼓膜を圧迫するような静寂が訪れた。耳の奥で拍動が響き、鼓膜の内側が微かに震える。遥人は歩みを止め、防水仕様のザックから使い古された手帳を取り出した。ボールペンの先が紙の上で滑る。――「気圧の変化か、あるいは心理的障壁か。鳥居を通過した直後、大気の密度が明らかに増したのを感じる」。彼はそう書き留めることで、自身の内部に生じ始めた微かな戦慄を、客観的な観測結果へと強引に変換しようとした。指先は冷えていたが、ペンを握る力は緩めなかった。
鳥居の先には、等間隔に配置された石造りの灯籠が、導かれるべき道筋を指し示していた。灯籠の火袋には火など灯っていないはずだが、なぜかその空洞が、闇を凝縮した瞳のように遥人の一挙手一投足を監視しているように思えた。道は緩やかに下り、やがて視界が開けた場所には、すり鉢状の地形にへばりつくようにして建ち並ぶ村の全貌が現れた。茅葺き屋根は厚い苔に覆われ、家々の窓は一様に小さく、まるで外の世界を拒絶しているかのようだ。夕闇が急速に色濃くなり、村の各所から立ち昇る煙が、重苦しい紫煙となって谷底に溜まっていった。
村の中央に位置する広場へと足を踏み入れたとき、遥人の鼻腔を突いたのは、獣の脂と古い木材が燃える、鼻を突くような悪臭だった。数十人の村人たちが、円陣を組んで立ち尽くしている。彼らの手には松明が握られ、不規則に揺れる炎が、深く刻まれた顔の皺や、異様にぎらついた眼球を浮き彫りにしていた。その中心には、手足を太い麻縄で縛り上げられた一人の男が転がされている。男の喉からは、言葉にならない呻き声が漏れていた。村人たちの表情には、怒りとも、恐怖とも、あるいは法悦ともつかない、歪んだ熱狂が張り付いている。
「種が宿った。狼の種が、この男の中で芽吹こうとしている」
一際背の高い男が、錆びた鉈を天に掲げて叫んだ。その声に呼応するように、周囲の村人たちが地を這うような低い唱文を唱え始める。彼らは男の周囲に掘られた、深さ二メートルほどの穴へと、容赦なくその身体を蹴り落とした。鈍い衝撃音と共に、男の絶叫が広場に響き渡る。遥人は反射的に駆け出そうとした。正気とは思えない光景を前にして、彼の理性は崩壊を食い止めるための行動を選択した。しかし、彼が声を上げるよりも早く、背後の闇から伸びてきた岩のような腕が、彼の肩と首を強固に拘束した。
「余所者が、何を見ている」
耳元で囁かれた声は、冷徹な殺意を孕んでいた。遥人は身体を捻り、自分を抑え込む男たちの手を振り払おうとしたが、その力は人間離れしており、関節が悲鳴を上げるほどに締め上げられる。抵抗すればするほど、肺から空気が押し出され、視界が火花を散らした。地面に押し付けられた頬に、冷たい土の感触と、先ほど穴に落とされた男が掻きむしったであろう爪跡が伝わってくる。村人たちの輪が割れ、そこから一人の老人がゆっくりと歩み寄ってきた。白髪は乱れ、深い彫りのある顔立ちには、長い年月をかけて培われた、慈悲の一切を排除した権威が宿っている。
「今宵は満月。月が満ち、森の王である『狼』がこの地に招かれた聖なる夜だ。そのような時に、外の穢れを纏った者が立ち入ることは、我らへの冒涜に他ならぬ」
長老と呼ばれるその老人は、遥人の足元に転がっている手帳を一瞥し、それを汚物でも見るかのように踏みつけた。革の表紙が泥に汚れ、遥人が積み上げてきた論理の記録が蹂躙される。長老は空を仰いだ。雲の切れ間から、暴力的なまでの輝きを放つ満月が姿を現し、広場を青白い光で塗り潰していく。
「穢れは、浄化されねばならぬ。だが、今この村からお前を出すことは、狼の怒りを山全体に広めることになる。次の満月が欠け、再び満ちるまでの三十日間、村の出口は全て閉鎖する。お前には、その間、我らが神聖な儀式を汚さぬよう、静寂の中で己の罪を数えてもらう」
長老の宣言は、絶対的な法として広場に響き渡った。遥人は言葉を返そうとしたが、男の拳が彼の腹部に深く沈み込み、意識は一瞬にして混濁した。引きずられる感覚。石畳の上を身体が跳ね、やがて湿った木の匂いと、カビの臭気が漂う空間へと放り込まれた。背後で、重厚な木材が合わさる鈍い音が響き、続いて金属製の閂が重々しく滑る音が、絶望の終止符のように鼓膜に突き刺さった。
そこは、窓一つない古い土蔵の中だった。唯一の光は、扉の隙間から差し込む、剃刀の刃のように細く鋭い月光だけだ。遥人は痛む腹を抱えながら、壁を背にして座り込んだ。暗闇に目が慣れてくるにつれ、その空間に存在するのは自分一人ではないことに気づいた。部屋の隅々から、不自然に速く、浅い呼吸音が聞こえてくる。それは、恐怖に凍りついた人間が、自らの存在を消そうと必死に堪えている音だった。
「……誰か、いるのか」
遥人の震える声に、誰も答えない。ただ、闇の奥で衣擦れの音がし、誰かが身を縮める気配だけが伝わってくる。その呼吸の乱れ方は、自分と同じようにこの場所に放り込まれ、出口を失った者たちの絶望の深さを物語っていた。若林も、この暗闇の中にいたのだろうか。あるいは、先ほど穴に埋められた男が、かつてはここに座っていたのだろうか。
壁の向こうからは、村人たちが歌う、旋律を持たない奇妙な祝詞が聞こえてくる。それは次第に大きくなり、やがて獣の遠吠えのような咆哮へと混ざり合っていった。遥人は、自分の指先が微かに震えているのを見つめた。手帳はない。ペンもない。客観的な観測者という殻を剥ぎ取られた彼は、ただの「肉」として、この狂気と静寂が支配する檻の中に閉じ込められたのだ。
暗闇の中から、一際大きな、喉を鳴らすような呼吸音が近づいてくる。遥人は、その音が人間のものにしてはあまりに湿り気を帯び、重苦しいことに気づき、背筋に氷を流し込まれたような感覚に襲われた。隣に座る何者かが、彼の腕に、冷たく硬い指先を触れさせた。その指には、人間のものではない、鋭く尖った爪の質感が宿っていた。
Последние главы
深夜の公園を支配する冷気は、かつて久瀬遥人が知っていた物理的な温度を遥かに超え、骨の髄まで浸食する絶対的な沈黙を伴っていた。彼は硬いベンチの上で、内臓を裏返
背後で爆ぜる音は、乾燥した木材が断末魔を上げているのではない。幾重にも重なり、家屋の柱や梁を食い尽くしていた巨大な菌糸の塊が、熱によって細胞を破裂させている音だった。久瀬遥人は、
天球の頂点に座した満月は、もはや慈悲深い光を地上に投げかける存在ではなかった。それは巨大な、混濁した白内障を患う巨人の眼球のように、隠狼村のすべてを冷徹に、そして暴力的なまでの明度で射抜いてい
土蔵の隅、湿りきった空気の中で久瀬遥人は、自らの指先が鉛筆を握る感触さえもが、どこか遠い他人の出来事のように感じ始めていた。膝の上に広げた取材手帳の紙面は、土蔵の隙間から漏れ出す
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