Synopsis
最近神秘性をないがしろにされている気がした!
そんなブラックヴァルキリー・カーラは仮面をつけて、宇宙で暴れれば評価されると謎の思考回路で暴れる!
Chapter1
ヴァーレンス王国の午後の光は、厚い雲を透過してギャラリー黒竜の窓から淡い琥珀色の筋となって差し込み、床に並べられた大理石の彫像や、産地不明の古びた陶器の表面をなでるように照らしていた。静謐が支配するはずのその空間で、漆黒の翼を背負った一人の女が、顔半分を覆う精巧な銀細工の仮面を指先で調整しながら、不自然なほど背筋を伸ばして立っている。ブラックヴァルキリー・カーラは、かつて魂を導く戦乙女であった頃の、今や記憶の隅に追いやられつつある威厳を無理やり呼び戻そうとするかのように、顎をわずかに突き出した。

「刮目せよ、フィオラ。これこそが闇に舞い、真実を射抜く眼差し……。わたしは、仮面のヴァルキリー!」
その宣言がギャラリーの静かな空気を震わせた直後、長椅子に横たわっていたフィオラ=アマオカミが、ルビー色の唇をわずかに歪めた。彼女は手に持っていた和菓子を飲み込むと、蜂蜜を塗りたくったような、甘く、そしてどこか毒を含んだ声で短く吐き出した。
「ふっ」
鼻で笑う、という表現がこれほど正確に当てはまる場面も珍しい。カーラは仮面の奥にある黄金の瞳を鋭く細め、芝居がかったポーズを崩さないまま、いら立ちを隠そうともせずに声を荒らげた。
「……なんだ、その笑いは! せっかくわたしが、この場に相応しい神秘性を演出しようとしているというのに!」
「だって、ねぇ。普段のあなたの様子を知っているわたしからしたらねぇ、神秘性とは程遠いんだもん」
フィオラは重厚な黒竜のしっぽをゆっくりと床に打ち付け、退屈そうに身体をひねった。スリットドレスから覗く豊満な太ももが、ギャラリーの照明を反射して艶めかしく光る。彼女の赤い瞳には、カーラという存在の底にある「生活感」が透けて見えているようだった。
「むぅ……」
カーラは言葉に詰まり、仮面の縁をいじりながら唸った。彼女の脳裏には、否定したくても否定できない、ここ最近の自堕落極まりない日常が走馬灯のように駆け巡る。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
カーラの朝、あるいは昼の始まりは、大抵午前11時を過ぎた頃に訪れる。
ミハエルの屋敷の、主人が快く貸してくれた(あるいは彼女が勝手に占拠した)部屋のベッドの中で、彼女は漆黒の翼をシーツに絡ませながら、芋虫のようにうじゃうじゃと身をよじっているのが常だ。
戦乙女としての規律など、ヴァーレンスの温暖な気候と柔らかい羽毛布団の前では無力に等しい。
ようやく這い出した彼女が最初に向かうのは、洗面所ではなく厨房である。
ミハエルの屋敷の料理人が作る絶品の朝食か、あるいは空腹に耐えかねてそのまま窓から飛び出し、翼をはためかせて街の外食店へと直行する。
昼食兼朝食を胃に収めると、彼女は決まってここ、フィオラの「ギャラリー黒竜」へと足を運ぶ。
芸術鑑賞という名目こそ掲げているが、実際にはフィオラの指示で重い美術品の搬入を手伝わされたり、展示の配置換えにこき使われたりするのが関の山だ。
「てめー、カーラ! なんでお前は、そんなに食ってんのに太もも以外太らねーんだよ!」
そんな日常の静寂を破るのは、決まって天馬蒼依の怒声だった。ミニ丈の巫女装束を翻し、野性味溢れる足取りでギャラリーに踏み込んできた蒼依は、カーラの肉付きの良い身体、特にその引き締まった、それでいて柔らかそうな太ももを忌々しげに指差した。
天馬蒼依にとって、自分の体重管理とカーラの代謝の良さは、この世の不条理の象徴であった。
「うるさい原始人。わたしはこれでも、この翼を維持するために膨大なエネルギーを消費しているのだ。貴様のように地べたを這い回るだけの存在とは、燃焼効率が違うのだよ。ちょっと食べすぎたくらいで太るわけがなかろう」
カーラは鼻を鳴らし、わざとらしく翼を大きく広げて見せる。その仕草がさらに蒼依の火に油を注ぐ。
「あんだとぉ!? その効率の良さを少しは世の中のために使えよ! 下水道の掃除とか手伝えってんだ!」
「断る。わたしの高貴な翼を泥水で汚すなど、神に対する冒涜だ」
言い合いが平行線を辿り、蒼依がプロレス技でも仕掛けようと身構える気配を察知すると、カーラは素早く窓から飛び去る。背後で
「逃げるな卑怯者!」
というわめき声が聞こえてくるが、空中という彼女の絶対領域まで追ってこられるはずもない。
屋敷に戻れば、次は魔導PCの前が彼女の定位置となる。
ネトゲのギルドチャットで適当な軽口を叩きながら、画面の隅では
「わ~チャンネル」の食べ物動画を垂れ流しにする。揚げたての唐揚げが音を立てる映像や、とろけるようなチーズのアップを眺めながら、彼女は自分の腹の虫と相談し、外食口コミサイトに新しいレビューを書き込むのだ。
『味は三つ星だが、量が戦乙女の胃袋を満たすには微塵も足りない。店主の向上心に期待する』
などと、尊大な口調で打ち込む時間は、彼女にとって至福のひとときだった。
そして夕暮れ時になれば、今度はユエリシア――ユーシャの元へたかりに行く。
「ユーシャ、腹が減った。何か、こう、わたしの魂が震えるような美味いものを作れ。餃子でも天津飯でも、なんなら新作の洋菓子でも構わんぞ」
元気いっぱいで細かいことを気にしないユーシャは、そんなカーラの厚かましい要求にも
「しょうがないなー、カーラは食いしん坊なんだから!」
と笑いながら応じてくれる。竜の因子を持ち、馬鹿力の持ち主である彼女が振るう中華鍋の音を聞きながら、カーラは今日一日の「活動」に満足して眠りにつくのだ。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「……ね? どこに神秘性あんのよ?」
フィオラの追及が、カーラの回想を容赦なく断ち切った。黒竜の化身である女主人は、長椅子の上で頬杖をつき、哀れみすら含んだ目でカーラを見上げている。
「ぐ…………ぐぬぬぬ」
カーラは悔しそうに喉を鳴らした。仮面の下で顔が赤くなるのが自分でもわかる。神秘性。それは今の彼女から最も遠い場所にある言葉だった。
「貴様ら、内情を知り尽くしている身内じゃなければ、初対面の相手ならこの威厳に跪くはずだ! この仮面は、そのための触媒なのだよ!」
「それ、猫かぶりで騙せる人を探すってことでしょ。詐欺師の理屈じゃない」
フィオラはクスクスと喉を鳴らして笑う。その笑い声は、ギャラリーに飾られたどの高価な楽器よりも美しく、そして残酷に響いた。
「うるさいうるさい! この仮面、しばらく借りるぞ! これを着けて街を歩けば、誰もがわたしを伝説の再来と崇めるに違いない!」
「いいけど、その仮面ってね――」
「いいよなんでも! 能書きはいい! 借りるぞ、さらばだ!」
カーラはフィオラの言葉を遮るように翼を羽ばたかせ、風圧で展示室のカーテンを激しく揺らしながら、開け放たれた窓から夕闇の空へと飛び出していった。
残されたフィオラは、窓の外へ消えていく黒い点を見送ると、溜息をつきながら手元のティーカップを口に運んだ。彼女の隣には、いつの間にか妹のユエリシアが立っていた。ピンク色のミニチャイナ服に身を包んだ彼女は、姉が残した大福の粉を指で拭いながら、不思議そうに首を傾げた。
「お姉ちゃん、カーラちゃん行っちゃったね。あの仮面、貸して良かったの?」
「いいんじゃないかしら。……ただ、あの仮面、呪いとかそういう大層なものじゃないけど、着けてる間は『一番強く思っている欲望』が声に出ちゃう魔法がかかってるのよね。本人は気づかない程度に」
フィオラは楽しげに目を細めた。
「今頃、街の広場で『わたしは高潔な戦乙女!』とか言いながら、お腹の鳴る音と一緒に『あそこのラーメン屋のチャーシュー、あと三枚は増やせたはずだわ!』って叫んでるんじゃないかしら」
「あはは! それは大変だ。カーラちゃん、また蒼依ちゃんに怒られちゃうね」
ユエリシアは屈託なく笑い、拳を軽く合わせて戦闘訓練の準備を始めた。彼女にとっての日常は、姉の芸術への執着も、カーラの食欲も、蒼依の怒りも、すべてが快活なリズムの一部に過ぎない。
ギャラリー黒竜の静寂が戻ってくる。フィオラは、カーラが去った後の乱れた空気の中に、彼女が残していったわずかな「生活の残り香」を感じ取り、それを愛おしむように目を閉じた。神秘性などなくても、あの不器用で食いしん坊な戦乙女は、この静かな空間に確かな体温をもたらしている。
窓の外、遠くの街並みから、何やら騒がしい声と、聞き覚えのある尊大な、しかしどこか抜けた叫び声が風に乗って届いたような気がした。
フィオラは、再び和菓子に手を伸ばした。
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「穴開けないでよ……」
ギャラリー黒竜の天井に穿たれた、今では魔法で塞がれている穴が、ブラックヴァルキリー・カーラの大胆不敵な出発を物語っていた。フィオラが気まぐれに施した空間歪
ギャラリー黒竜の静寂は、まるで丁寧に張られた一枚の絹布のようだった。午後の陽光が埃をきらきらと舞わせ、フィオラ=アマオカミが蒐集した年代も来歴もバラバラな美術品たちに、平等に淡い光沢を与えて
ギャラリー黒竜の重厚な扉が、まるで爆発でもあったかのように激しく開け放たれたのは、カーラが飛び去ってからわずか数分後のことだった。
「はあ、はあ、はあ……!」
漆黒の
ヴァーレンス王国の午後の光は、厚い雲を透過してギャラリー黒竜の窓から淡い琥珀色の筋となって差し込み、床に並べられた大理石の彫像や、産地不明の古びた陶器の表面をなでるように照らしていた。静謐が支
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