CLOCKWORK REQUIEM ~壊れた時計塔と忘却のオルゴール~
Tóm tắt
蒸気と歯車で動く巨大都市。 その中心には、人々の時間と記憶を調律する巨大な時計塔がそびえていた。
家を飛び出し、行くあてもなく街をさまよう令嬢 Seraphina Aetheris は、修道院に暮らす発明家 Clara Bellforge に助けられる。 Claraに歌の才能を見出されたSeraphinaは、やがて音楽の世界へ足を踏み入れていく。
そんなある日、2人は壊れかけのオートマタ少女 Orgel Nocturne と出会う。 彼女の記憶に残っていたのは、止まった時計塔、地下劇場、そして失われた旋律の断片だった。
時計塔にまつわる謎を追う中で、Seraphinaたちは、霧の街の探偵サックス奏者 Sylvia Mist、地下劇場への道を知る元サーカス団員 Mireille Barrel、そして過去に重いものを抱える元軍楽隊ドラマー Helena Brassmarch / Metronome と出会う。
それぞれに失われたものを抱えた6人は、やがてバンド CLOCKWORK REQUIEM を結成する。 彼女たちが奏でるのは、記憶の奥に眠る旋律と、忘れられた想いを空へ届けるための音楽。
止まった時計塔の真実とは何か。 Orgelの記憶に残る旋律は、何を導くのか。 そして6人の音は、歪んだ街に何をもたらすのか。
これは、蒸気都市の片隅で出会った6人が、音楽で失われた記憶に触れていく、スチームパンク・ジャズロック幻想譚。
Chương1
蒸気都市の夜は、いつも低く唸っていた。
石畳の下を走る蒸気管が、眠らない獣のように熱を吐き、屋根より高い煙突からは灰色の息が星を隠している。街灯の光は霧ににじみ、真鍮の歯車を組み込まれた看板だけが、ぎこちなく軋みながら夜の店先で回り続けていた。
その街の中心には、どこからでも見える巨大な時計塔があった。
針は、止まっている。
もう何年も。
けれど人々は、それを見上げない。
見上げたところで何も思い出せないからだ。
止まった時計塔のことも、その鐘の音も、そこに何があったのかも、誰もが曖昧な霧の向こうへ追いやってしまったように暮らしていた。
そんな街の夜を、一人の少女が走っていた。
長い氷色の髪が、雨混じりの風を受けてほどける。淡い水色のドレスの裾は石畳の泥を吸い、白いブーツはすでに傷だらけだった。それでも少女は振り返らなかった。
Seraphina Aetheris。
その名を呼ぶ声は、もう背後にはない。
屋敷を出た時、彼女は何も持っていなかった。小さな鞄ひとつ。身につけたドレス。首元に残った古い家紋のペンダント。そして、自分の歌声だけ。
けれど、それだけで十分だと思いたかった。
あの家にいれば、彼女の人生はすべて決められていた。誰と会い、何を話し、どこで笑い、誰のために歌うのかさえも。高貴であれ。静かであれ。家名を汚すな。感情を見せるな。そう言われ続けるたびに、胸の奥で小さな音がひとつずつ消えていった。
だから逃げた。
けれど自由の夜は、思っていたより冷たかった。
「……どこへ行けばいいの」
声に出したつもりはなかった。
だが霧の街は、彼女の弱音を吸い込むように静まり返っていた。
通りの先で、蒸気馬車が轟音を立てて走り抜ける。Seraphinaは思わず身を引いた。その拍子に足を滑らせ、濡れた石畳に膝をつく。冷たさが布越しに肌へ染みた。
立たなければ。
そう思うのに、足が動かなかった。
空腹と疲労で視界が揺れる。街灯の輪郭がぼやけ、遠くの時計塔が、まるで壊れた幻のように霧の中で滲んでいた。
その時だった。
「あなた、大丈夫?」
柔らかな声が、雨音の間から落ちてきた。
Seraphinaが顔を上げると、黒いベールを被った少女が立っていた。修道女のような装いだったが、腰には工具袋が下がり、手袋には真鍮の小さな歯車が縫い込まれている。胸元の十字飾りの横には、なぜか小型の圧力計が光っていた。
青い瞳が、まっすぐにSeraphinaを見ている。
「怪我をしているの?」
「……いいえ。少し、休んでいただけです」
Seraphinaは気丈に答えようとした。だが声はかすれ、自分でも頼りなく聞こえた。
少女は何も責めなかった。ただ、膝をついてSeraphinaの目線に合わせる。
「そう。じゃあ、休む場所を変えましょう。ここは冷えます」
「私は……」
「名前を聞くのは、温かいお茶のあとにします」
少女は微笑んだ。
その笑みは、屋敷の舞踏会で見た礼儀だけの微笑みとは違っていた。相手を測るためでも、見下すためでもない。ただ、壊れかけたものを見つけた時に、そっと手を伸ばす人の顔だった。
「私はClara Bellforge。近くの修道院で、少しだけ機械を直しています」
「少しだけ?」
Seraphinaは思わず聞き返した。Claraの腰の工具袋は、少しだけというには重そうだった。
Claraは小さく肩をすくめる。
「本当は、かなり直しています」
その言い方があまりに真面目だったので、Seraphinaはかすかに笑ってしまった。
笑うと、胸の奥に残っていた緊張が少しだけほどけた。
*
Claraが暮らす修道院は、街の外れにあった。
尖塔の影は古く、石壁には蔦が絡み、窓辺には小さなランプが並んでいる。けれど礼拝堂の奥には、祈りの場に似合わないほどたくさんの部品が積まれていた。歯車、真鍮管、壊れた時計、音の鳴らないオルゴール、割れた圧力計。祭壇の横には作業台があり、そこには半分ほど分解されたギターが寝かされていた。
「……ここは本当に修道院ですか?」
「よく言われます」
Claraは濡れたベールを外し、作業台の横にかけた。淡い金髪が肩へ落ちる。彼女は手際よく湯を沸かし、小さなカップにハーブティーを注いだ。
「街の人たちは、壊れたものをここへ持ってきます。時計、ランプ、楽器、義手、時々、心も」
「心も直せるのですか」
「それは難しいです。でも、話を聞くことはできます」
Seraphinaはカップを両手で包んだ。温かさが指先から戻ってくる。湯気の向こうで、Claraは分解されたギターの弦を一本ずつ確かめていた。
そのギターは奇妙だった。胴体の一部に小さな歯車が組み込まれ、弦の下には真鍮の共鳴管が伸びている。普通の楽器というより、誰かが音そのものを機械で捕まえようとした発明品に見えた。
「それ、あなたの?」
「はい。まだ調整中です。音が少しだけ頑固で」
「音が頑固?」
「正しい場所に触れないと、素直に鳴ってくれません」
Claraはそう言って、軽く弦をはじいた。
澄んだ音が礼拝堂に広がる。
少しだけ金属の響きを帯びた、不思議な音だった。
Seraphinaは息を呑んだ。
音が、胸の奥の何かに触れた気がした。遠い昔に聞いたはずなのに、思い出せない子守唄のような。誰かが呼んでいるのに、名前だけが霧に隠れているような。
「……綺麗」
言葉がこぼれた。
Claraが顔を上げる。
「歌は好きですか?」
「昔は」
「今は?」
Seraphinaは答えられなかった。
屋敷では、歌は飾りだった。客人を喜ばせるためのもの。家名を美しく見せるためのもの。誰かのために歌うたび、自分の声が自分から離れていくような気がしていた。
でも、Claraのギターの音を聴いた瞬間、喉の奥で忘れていた旋律が小さく震えた。
「……わかりません」
「では、確かめてみますか」
Claraは椅子を引き、ギターを抱え直した。
「今ここには、私しかいません。歌う理由も、上手に聞かせる相手も必要ありません。ただ、声が出るかどうかだけ」
Seraphinaは戸惑った。
だが不思議と、断る気にはならなかった。
Claraの指が弦に触れる。ゆっくりとした和音が、礼拝堂の石壁にやわらかく響いた。雨音が窓を叩き、遠くで蒸気管が低く鳴る。その上に、Seraphinaは恐る恐る声を重ねた。
最初の音は震えていた。
けれど次の音で、彼女は自分の声を思い出した。
透明で、冷たくて、どこか祈りに似た声。
それは礼拝堂の天井へ昇り、古いステンドグラスをかすかに震わせた。
Claraの指が止まる。
Seraphinaも歌うのをやめた。
沈黙が降りた。
雨音だけが残る。
「……何か、変でしたか」
Seraphinaは不安になって尋ねた。
Claraはゆっくり首を横に振った。
「いいえ。驚いただけです」
「驚くほど下手でした?」
「逆です」
Claraの青い瞳が、真剣な光を帯びる。
「あなたの声は、記憶に触れる音がします」
「記憶?」
「うまく説明できません。でも、ただ綺麗なだけじゃない。誰かが忘れたものを、少しだけ呼び戻すような声です」
Seraphinaはカップを握り直した。
そんなふうに言われたことは、一度もなかった。
「名前を聞いてもいいですか」
Claraが静かに尋ねた。
Seraphinaは少し迷い、それから答えた。
「Seraphina Aetheris」
その名を口にした瞬間、まるで屋敷の扉がもう一度背後で閉まったような気がした。けれど今度は、閉じ込められる音ではなかった。
ここから始めるための音だった。
「Seraphina」
Claraはその名を丁寧に繰り返した。
「もし行く場所がないなら、しばらくここにいるといいです。修道院の規則は少し面倒ですが、屋根はあります。お茶もあります。あと、壊れたものもたくさんあります」
「最後のは、魅力的なのでしょうか」
「私にとっては」
また、Seraphinaは少し笑った。
*
数日後、SeraphinaはClaraの部品集めに付き合うことになった。
修道院の裏手には、時計塔から流れてきた古い機械部品が集まる廃棄区画がある。そこは街の人々から“歯車墓場”と呼ばれていた。壊れた自動人形の腕、時間の止まった懐中時計、名前の消えた楽器ケース。何に使われていたのかわからない部品たちが、雨と煤にまみれて積み上がっている。
「ここから使えるものを探すのですか?」
「はい。買うと高いので」
Claraは平然と言った。
「修道院の発明家というのは、節約家でもあるのですね」
「正確には、予算がありません」
Seraphinaは裾を持ち上げながら、部品の山を慎重に進んだ。歯車の隙間に溜まった雨水が、月明かりを歪めて映している。
Claraは慣れた手つきで部品を拾い上げては、使えるものと使えないものに分けていった。
「これはギターの共鳴管に使えます。これは……爆発するかもしれません」
「置いてください」
「はい」
そんなやり取りをしながら奥へ進んでいくと、Seraphinaはふと足を止めた。
聞こえた気がしたのだ。
小さな音。
オルゴールのような、けれど半分だけ壊れた旋律。
「Clara」
「どうしました?」
「今、音が」
Claraも耳を澄ませた。
夜風が錆びた金属の隙間を抜ける。遠くで蒸気機関が鳴り、どこかの看板がきしむ。
そして、もう一度。
ちりん、と。
ガラスの欠片が震えたような音がした。
二人は顔を見合わせ、音のする方へ歩いた。
部品の山の奥、半分崩れた鉄骨の下に、それはあった。
人形。
最初、Seraphinaはそう思った。
淡い金髪の少女が、壊れた機械椅子にもたれるように座っていた。白と黒とくすんだ真鍮の衣装は泥に汚れ、片腕の関節は外れかけている。閉じた瞼の下に、かすかな紫の光が揺れていた。
胸元には、小さなゼンマイ鍵。
指先には、鍵盤に触れるための細い真鍮の関節。
Claraの表情が変わった。
「オートマタ……?」
彼女はすぐに駆け寄り、少女の首元に手を当てた。生身の脈を探す仕草ではない。内部の振動を確かめる機械技師の手つきだった。
「まだ、動力が残っています。でもかなり損傷している」
Seraphinaは少女の顔を覗き込んだ。
その瞬間、閉じていた唇がかすかに動いた。
「……とけい……とう……」
声は、ほとんど音になっていなかった。
だがSeraphinaには、はっきり聞こえた。
「いま、時計塔って……」
Claraも息を止めていた。
オートマタ少女の指が、空中で何かを探すように動く。まるで見えない鍵盤をなぞるように。
そして壊れた旋律が、もう一度鳴った。
今度は、Seraphinaの胸の奥でも同じ音が震えた。
遠く、止まった時計塔の方角で、風が変わる。
Claraは静かに少女を抱き起こした。
「連れて帰ります」
「直せるのですか」
「わかりません」
Claraは正直に答えた。
けれど、その目に迷いはなかった。
「でも、壊れたものを見つけてしまったので」
Seraphinaはその横顔を見つめた。
修道院で聞いたClaraの言葉を思い出す。
壊れたものを直す。時計も、ランプも、楽器も、時々、心も。
オートマタ少女の指先が、Seraphinaの手に触れた。冷たい。けれど完全に死んだ金属ではなかった。そこにはまだ、かすかな音が残っていた。
「あなたは……誰?」
Seraphinaがそっと尋ねる。
少女の瞼がわずかに開いた。
紫の瞳が、月明かりを反射する。
「……Orgel」
それだけを言って、少女は再び動かなくなった。
夜の霧の向こうで、止まった時計塔が沈黙している。
けれどSeraphinaには、確かに聞こえた気がした。
まだ鳴っていない鐘の音が。
まだ完成していない歌が。
そして、忘れられた誰かの祈りが。
その夜、Seraphina Aetherisは知らなかった。
自分が拾い上げた小さな壊れた旋律が、やがて蒸気都市の記憶を揺らすことになるなど。
ただ、Clara Bellforgeの背中を追いながら、彼女は思った。
逃げ出した先で、何もかも失ったと思っていた。
けれど本当は、ここから何かが始まるのかもしれない。
雨上がりの夜空に、月が滲んでいた。
止まった時計塔の針は、まだ動かない。
それでも、Seraphinaの中で、最初の一音が鳴り始めていた。
Chương mới nhất
地下劇場への扉は、記憶音響室のさらに奥にあった。
黒い金属で縁取られた巨大な扉。
表面には、歯車と音符を組み合わせた紋様が幾重にも刻まれている。中
旧待機室の空気は、長いあいだ閉じ込められていた音で満ちていた。
それは耳に聞こえる音ではなかった。
壁の内側に染み込んだ軍靴の反響。譜面台に残った指
地下へ続く扉は、呼吸をしているようだった。
円形ステージの中央に開いた暗い穴から、冷たい空気がゆっくりと上がってくる。そこには土の匂いも、下水の匂いもなかった。代わりに漂ってきたの
霧の街は、蒸気都市の中でも特に音の沈む場所だった。
高い建物の隙間を白い霧が這い、ガス灯の光は橙色の輪になって石畳に落ちる。雨上がりの路地には水たまりが残り、そこに映
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