Synopsis
【完結】楽しいから続編描いてしまった。詳しくは「義腕のインパクト」から読んでね〜。
Chapter1
「いーやーでーす! 絶っ対に、嫌でーすッ!!」
悲痛な、というよりは駄々っ子そのものの叫び声が、無機質な司令室の空気をビリビリと震わせた。
共和国保安局、対特殊テロ女性義体部隊「ヴァルキリー」。その司令官席の前で、肩まである黒髪を風になびかせている少女が、これ以上ないほど頬を膨らませて抗議の声を上げている。
天宮美鈴。二十五歳。
かつてテロリストによって両腕を奪われ、鋼鉄の義腕を纏うことになった「黒髪の麗天使」の片割れである。
彼女はドンドンと、まるでハンマーを振り降ろすようにその強化義腕を机に打ち付けていた。
「まあまあ、美鈴。別にいいじゃない。たまにはこういう任務も、気分転換になっていいものよ?」
その隣で、困ったように、けれど慈愛に満ちた微笑みを浮かべているのは、姉の天宮美琴だ。二十八歳。妹と同じく豊かな黒髪を持つが、こちらは艶やかな髪を1つに束ねている。落ち着いた物腰は妹とは対照的で、まさに大和撫子といった佇まいだ。
だが、その両袖から覗く手首から先は、妹と同じく冷たい機械の輝きを放っている。
「お姉ちゃんは他人事だと思って! 一ヶ月よ!? 一ヶ月もあんなオヤジだらけの工場に行けだなんて、拷問以外のなにものでもないわ!」
美鈴が抗議しているのは、先ほど司令官から通達された新たな命令についてだった。
先日の大規模テロ組織「フルボディ」討伐作戦において、美鈴が見せた驚異的な戦闘データ。特に、義腕のブースト圧を打撃の瞬間とインパクトの瞬間の二段階で炸裂させる彼女独自の技法――通称「ベルブースト」が、軍用義体メーカーの開発部の目に留まったのだ。
次世代型近接戦闘用義体の技術開発のため、その「生きたサンプル」として、そして技術顧問として、メーカーへの一ヶ月間の出向が命じられたのである。
「君が習得したその『ベルブースト』の理論は、今後の義体技術を十年進めるとも言われているんだ。これは名誉なことだぞ、天宮美鈴二尉」
司令官が眉間を揉みながら、諭すように言った。
美鈴だって、馬鹿ではない。自分の技術が認められたこと自体は、ボクサーとしての、そして戦士としてのプライドをくすぐられる話ではある。満更でもないのだ。
技術提供の謝礼として提示された特別報酬の額も、目の玉が飛び出るほどだったし、最新鋭のメンテナンスを受けられる特典も悪くない。
だが、問題はそこではない。
「名誉とかどうでもいいんです! 問題なのは……お姉ちゃんと一緒にいられないなんて、やだーーーーッ!!」
これである。
美鈴は両手の義腕を振り回し、ブンブンと空を切る音をさせながら叫んだ。
テロリストへの復讐という悲願を、姉妹の決死のコンビネーションで成し遂げたばかりなのだ。美琴の両腕が変形して形成される長距離狙撃銃、その引き金を引くために美鈴が己の義腕を支えとした、あの魂の共鳴。
ようやく長い入院生活も終わり、また二人で並んで戦えると思っていた矢先の離別命令。
シスコン、という言葉では生温いほど姉に依存している美鈴にとって、これは死刑宣告にも等しかった。
「やっと退院して、また一緒の部隊でいられると思ったのに! やだやだやだ! 一人でご飯食べるのもやだ、一人で寝るのもやだ! お姉ちゃんのあのおっとりした声が聞こえない朝なんて、朝じゃない!」
「はぁ……」
「あらあら……」
今どき小学生でもここまで見事な駄々はこねないだろう。
司令官は深いため息をつき、机上の書類に視線を落とすことで現実逃避を始めた。美琴は苦笑しながら、暴れる妹の背中をよしよしと撫でる。生身の柔らかな感触が触れ合う。背中からでもわかる心臓の音が、奇妙に優しいリズムを刻む。
「いい加減になさいッ! ヴァルキリー部隊の英雄が、みっともない!」
その時、司令室の自動ドアが勢いよく開き、凛とした叱責が飛んだ。
現れたのは、作業用のツナギに身を包み、油の染みついた手袋をはめた小柄な女性。姉妹の専属整備士(メカニック)、佐倉舞だ。
彼女はショートカットの髪を揺らし、大股で美鈴のもとへ歩み寄ると、その耳をグイと引っ張った。
「痛い痛い! 何するのよ舞!」
「今回の出向には、私も同行することになってるんです! 私の整備スケジュールも全部組み直したっていうのに、当の本人がそこでゴネてどうするんですか!」
「えっ、舞も行くの?」
「当たり前でしょう。あんたのその無茶苦茶なブースト圧に耐えられる調整ができる人間が、私以外にいると思ってますか?」
舞は呆れたように腰に手を当てた。
「ベルブースト」は美鈴の感覚的な閃きから生まれた技だが、それを義体が自壊しないギリギリのラインで制御プログラムに落とし込んだのは、他ならぬ舞である。言わば、二人三脚で生み出した必殺技なのだ。
「さぁ、とっとと準備しますよ! 出発は明日の早朝なんですからね!」
「ちょ、ちょっと待って! まだお姉ちゃんとのお別れのハグが……ああっ、お姉ちゃーん!」
舞に首根っこを掴まれ、美鈴はズルズルと司令室から引きずり出されていく。床に抵抗の跡を残しながら、悲劇のヒロインのように手を伸ばす妹。
美琴は小さく手を振りながら、その騒がしい背中を見送った。
「行ってらっしゃい、美鈴。……頑張ってね」
*
静寂が戻った整備室には、モーターの駆動音と、微かなオイルの匂いが漂っていた。
美琴は整備台に腰掛け、両腕を舞に預けていた。
袖を捲り上げられたその腕は、肘から先が完全に機械と化している。白い肌と黒い金属の境界線には、痛々しい手術痕がまだ生々しく残っていた。
「ごめんね、舞ちゃん。ワガママな妹で」
美琴は申し訳なさそうに眉を下げ、取り外された自分の前腕パーツが、舞の手によって丁寧に磨き上げられる様を見つめた。
「いえ……美鈴さんは責任を持ってお預かりしますから、安心してください」
舞は手を止めずに答える。その口調には、職人としての誇りと、長年付き合ってきた友人としての親しみが混じっていた。
かつては美鈴の専任だった舞だが、先日、美琴を担当していたベテラン技師が高齢を理由に引退したため、今は姉妹両方のメインメンテナンスを彼女が一手に引き受けている。
美鈴とはしょっちゅう顔を突き合わせては、「出力をもっと上げろ」「これ以上上げたら腕が吹っ飛ぶ」と激論を交わしてきた仲だ。美鈴の扱いに関しては、ある意味で姉である美琴以上に手慣れているかもしれない。
舞の手際よい作業によって、美琴の義腕「スナイパー・カスタム」の内部機構が露わになる。
精緻な歯車と電子回路の集積。美琴のそれは、美鈴のパワー重視のそれとは全く異なる設計思想で作られている。両腕を連結させることで長砲身の対物ライフルへと変形する、極めて繊細な狙撃特化型義体だ。
舞は慎重にセンサーのキャリブレーションを行いながら、ふと視線を上げ、美琴の顔を覗き込んだ。
モニターに表示されているのは、義体のステータスだけではない。接続されている生体のバイタルデータも並列して流れている。
「美琴さん。……体の方は、どうですか?」
その問いかけの意図を悟り、美琴の表情が僅かに曇る。
彼女の視線が、無意識に自分の胸元へと落ちた。
「……うん。大丈夫よ。お薬も、ちゃんと飲んでるから」
嘘ではない。だが、真実のすべてでもない。
舞が見ているモニターの数値――神経伝達物質の分泌量と、脳波の波形。特にドーパミンとエンドルフィンの基準値からの逸脱を示すアラートが、赤く点滅しかけては、薬の効果によって無理やり抑制されている様子がグラフに描かれていた。
『快楽指数(プレジャー・インデックス)』。
それが、美琴の体に刻み込まれた消えない傷跡の名前だった。
テロ組織「フルボディ」に拉致されていた三ヶ月間。
金髪のサディスティックな女性幹部によって行われたのは単なる暴力ではない。高圧電流と神経刺激薬を用いた、脳の報酬系を直接焼き切るような快楽拷問。
痛みと絶頂の境界を曖昧にされ、人間の尊厳をドロドロに溶かされるような日々。
復讐を果たし、敵を討ち取った今でも、その「回路」は美琴の肉体に深く根を張っていた。ふとした瞬間の刺激、あるいは何もない静寂の中でさえ、脳髄の奥底から甘く痺れるような衝動が湧き上がってくる。
それを今は、強力な抑制剤で無理やり押さえつけているに過ぎない。薬が切れれば、彼女は戦場にいながらにして、自らの内側から溢れるあられもない熱に溺れてしまうだろう。
「……あまり、良くない数値ですね」
舞は事務的な口調を装いながらも、その声には隠しきれない痛ましさが滲んでいた。
整備士として美琴の身体データ(ログ)を引き継いだ時、そのあまりに凄惨な内部記録を見て、舞はトイレで吐いた。人間の神経系がここまで弄ばれて、それでも正気を保っていること自体が奇跡に思えたのだ。
「だったら尚更、今回の改造はお勧めできません」
舞は手を止め、真剣な眼差しで美琴を見据えた。
作業台の横には、美琴が新たに発注した設計図が広げられている。
それは、現在の長距離狙撃特化の機能に加えて、中距離での銃撃戦を想定した『アサルトライフル形態』への変形機構を組み込むというものだった。
「フルボディの残党狩りは、これまで以上に過酷になります。スナイパーライフルモードだけなら、敵の射程外から一方的に攻撃できる。でも、アサルトライフルモードを使うということは、敵の姿が目視できる距離……つまり、敵の攻撃が届く距離まで近づくということです」
舞の言葉は正論だった。
美琴の現在の精神状態と身体のコンディションを考えれば、前線に出るリスクは極力避けるべきだ。もし再び捕らえられるようなことがあれば、今度こそ彼女の精神は崩壊するかもしれない。
美琴は、動かない義手の指先を見つめながら、静かに、けれど毅然と言った。
「わかってる。でも……それじゃあ、美鈴を守れないの」
その言葉に、舞は息を呑む。
美琴の脳裏にあるのは、かつての戦いの光景だ。
敵の懐に飛び込み、その身を盾にして道を切り開く妹の姿。スナイパーライフルは強力だが、準備に時間がかかり、連射が効かない。接近戦に持ち込まれた美鈴を援護するには、小回りの利く火力が必要なのだ。
「美鈴は、あの子は強いけれど……無茶をするわ。私が後ろから見ていてあげないと。遠くから覗くだけじゃ、あの子の背中に迫る牙を払い落とせない時が来るかもしれない」
美琴の声は震えていた。それは恐怖からではない。
いや、恐怖はある。
瞼の裏に蘇る、小綺麗な部屋の記憶。
肌を這う電極の冷たさと、そこから流し込まれる灼熱のような電流。
『あっ、ああっ、ひぐっ、や、め……てぇ……!』
自分の口から漏れる、理性とは裏腹な、獣のような喘ぎ声。
自らの意思とは無関係に痙攣し、快楽に屈服させられる屈辱。
あの地獄へ戻る恐怖がないと言えば嘘になる。
だが、それ以上に怖いのは、唯一残された家族である美鈴を失うことだった。
「だから、お願い、舞ちゃん。私に力を頂戴。……またあんな目に遭うとしても、私は美鈴を守りたいの」
美琴は残された生身の肘で、舞の手をそっと包み込んだ。
その瞳には、狂気じみた自己犠牲の光と、聖母のような慈愛が同居している。
この姉妹は、そうだ。お互いを守るためなら、自分の命も、魂さえもチップにしてベットしてしまう危うさがある。
だからこそ「ヴァルキリー」最強の二人なのだが、整備士からすれば、これほどハラハラさせられるパイロットもいない。
舞は大きなため息をつき、乱暴に頭を掻いた。
「……わかりましたよ。やります。やればいいんでしょう」
「舞ちゃん……!」
「その代わり! 変形機構の追加で重量バランスが変わりますから、訓練は地獄を見てもらいますよ。それと、薬の量は厳守です。戦闘中に発作でも起きたら、それこそ美鈴さんが危険に晒されますからね」
舞は憎まれ口を叩きがら、再び工具を手に取った。その手つきは先ほどよりも速く、そして熱を帯びていた。
彼女なりの、覚悟の現れだった。
「ありがとう、舞ちゃん」
「お礼は美鈴さんと帰ってきたら、高い焼肉でも奢ってください」
美琴はふわりと微笑んだ。その笑顔の下で、まだ疼く古傷を、見えない鎖で縛り付けながら。
「大丈夫よ。……私たちは、もう負けない」
*
――同時刻。
地図にも載っていない地下深層、廃棄された工業区画の一角。
テロ組織「フルボディ」の隠れ家の1つであるこの場所は、冷たい青色のライトと、無数のディスプレイが放つ光に満たされていた。
流れるデータストリームの前に、二つの影がある。
「ほう……これが、あの『教授』を屠った姉妹か」
低い、岩が擦れるような声を発したのは、巨躯の男だった。
身長は二メートルを優に超えている。全身の九割以上が戦闘用に特化した重装甲義体であり、人間らしい部分は歪に笑う口元だけに見える。背中からは数本のサブアームが伸び、それぞれが独自の意思を持つかのように蠢いていた。
コードネーム『タイタン』。フルボディの武闘派幹部だ。
「天宮美琴、および天宮美鈴。……データ上の数値は共和国軍の平均をやや上回る程度ですが、連携時の戦闘効率(シナジー)が異常値を示しています」
答えたのは、その横に立つ細身の男だった。
仕立ての良いダークスーツを着こなし、顔には特徴のないマスクを被っている。一見すると普通の人間に見えるが、その指先が空中のホログラムキーボードを叩く速度は、人間の知覚を超えていた。
彼の関節が動くたび、わずかな駆動音がスーツの下から聞こえる。全身を最新鋭の軍事用義体「スケルトン・スーツ」に換装した知能犯、『フォート』である。
画面には、先日の戦闘記録が再生されていた。
美琴の精密狙撃が敵の防御シールドを一点突破し、その綻びに美鈴の「ベルブースト」が叩き込まれる瞬間、フルボディの完全義体のサイボーグが砕け散る。
「人類の肉体を捨て、完全なる機械への進化を謳う我々にとって……この『中途半端』な義体使いどもは、目障りなことこの上ないな」
タイタンが金属の指でアームレストを握りつぶした。グシャリ、という音が響く。
彼らが信奉するのは徹底的な肉体の排除。痛みも、恐怖も、快楽さえも制御可能な電気信号に置き換えることこそが進化だと信じている。
だが、天宮姉妹は違う。痛みを感じ、涙を流し、互いを想い合う「人間」の心のまま、強力な「機械」の力を振るっている。それが彼らにとっては許しがたい冒涜であり、同時に最大の脅威でもあった。
「対処が必要です。これ以上の活動を許せば、我々の計画に支障が出る」
フォートは冷淡に告げ、画面上の姉妹の写真を並べた。
一方は、憂いを帯びた美女。
もう一方は、溌剌とした美少女。
「どちらから壊しますか? 姉の方は、以前捕獲した際の『教育』により、すでに精神的な亀裂が入っている。そこを突けば容易に崩れるでしょう」
フォートが指先で美琴のデータを弾くと、そこに隠されていた『快楽指数』のパラメータが表示された。赤く危険域を示し続けるその数値を見て、男たちは口角を上げた。
一度覚え込ませた悦びの味は、そう簡単には消えない。適切な刺激を与えれば、彼女はまた戦士からただの雌犬へと堕ちるだろう。
「いや……」
タイタンが舌なめずりをするような音を立てた。
その義眼のカメラが、今度は妹の美鈴の方へとズームする。
「姉はもう『傷物』だ。いつでも壊せる。……ならば、まずはあの無垢な妹の方を味わうのも一興」
まだ手つかずの、純粋な怒りと正義感に燃える瞳。
その両腕の義腕をもぎ取り、姉が見たのと同じ地獄を見せてやった時、あの威勢のいい少女がどんな声を上げるのか。そして、それを目の当たりにした時、姉の精神がどう砕け散るのか。
「ふふ……いいですね。姉の目の前で妹を。あるいは、妹の目の前で姉を、再び……」
フォートもまた、冷徹な計算の奥底にある昏い嗜虐心を覗かせた。
「狩りの時間だ。黒髪の麗天使たちよ。……我々の進化の礎となってもらおう」
二人の幹部の笑い声が、地下の闇に低く、重く響き渡った。
モニターの中で微笑む姉妹の画像に、赤いロックオンのカーソルが静かに重なった。
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