ملخص
こいつらが揃って、ちゃんとした危機になったためしがない。
ただ、ある意味極限状態なのは間違いない。
الفصل1
ここは火明星(ほあかりぼし)の北の果て。雪と氷に閉ざされた国、月光。その最奥にそびえる、名もなき山の頂。
生命の息吹など、とうの昔に凍てついたはずの、神々すら見放した極地。
ゴオオオ、と空が慟哭する。
肌を刺すのではなく、抉るような冷気が容赦なく吹き付け、体温という概念そのものを世界から消し去ろうとしていた。視界は白。どこまで行っても白。舞い狂う雪片が天地の境を曖昧にし、あらゆる色彩と輪郭を塗り潰していく。立っているだけで、存在が希薄になっていくような錯覚を覚えるほどの、絶対的な白の暴力。
そんな、人が――いや、あらゆる生き物が存在を許されぬはずの場所に、二つの影が凛として立っていた。
「ももももーん! 絶景かな、絶景かな! 春の眺めは値千両とは言うけれど、この冬景色もまた一興よのう!」
桃色の長い髪を吹雪に遊ばせながら、桜雪さゆは屈託なく笑う。十二単の深紅が、純白の世界で燃えるように鮮やかだ。寒さなど微塵も感じさせないその表情は、まるで春の陽だまりの中にいるかのように満ち足りている。
その隣で、水鏡冬華は心底どうでもよさそうに、ゆっくりと瞬きをした。
漆黒のセーラー服は、この極寒の風景において異物以外の何物でもない。だが、それ以上に彼女の表情が、この場のすべてを拒絶していた。流れるような黒髪が風に煽られ、頬を打つ。彼女はそれを鬱陶しげに払いもせず、ただ、アホを見る目で隣の妖怪を見つめていた。
「……頭、病めそう」
かろうじて聞き取れるほどの声で呟く。轟く風音にかき消され、おそらく隣のアホ女の耳には届いていない。それでよかった。これは独り言であり、この理不尽な状況に対する、ささやかすぎる抗議なのだから。
なぜ自分は、こんな場所にいるのだろう。ヴァーレンスの自室でぬくぬくとゲームに興じているはずだった。それが、この春女が「面白いものを見つけたのん!」と騒ぎ出した途端、気づけばこの有様だ。いつものことながら、この妖怪の行動原理は理解の範疇を遥かに超えている。
「ねえ半竜! つまらなそうな顔をして! せっかくわらわが楽しい場所に連れてきてやったというのに!」
「楽しい、の定義について一晩語り明かしたい気分ね、春女」
「固いこと言うなよー、固いこと言うな。もんもん、もんもん! 見てみよ、この白銀の世界を! 心も洗われるようではないか!」
さゆが両腕を大きく広げ、くるりと一回転する。十二単の裾が、吹雪の中で深紅の円を描いた。
その時だった。
冬華は、自身の背後から無数の視線を感じた。
それは殺気ではない。敵意でもない。もっと純粋な、静かで、それでいて揺るぎない――困惑と驚愕が入り混じったような視線。
吹雪の合間、一瞬だけ風が弱まり、視界が開ける。
そこに「それら」はいた。
頂を囲むように、岩と見紛う白色の塊が、いくつも、いくつも。
初めは、風雪に削られた奇岩だと思った。だが、違う。それは、ねじくれた太い角を持ち、分厚い体毛に覆われた生き物だった。吹雪の中でも微動だにせず、ただ静かにこちらを見つめている。
岩ヤギ。
この極寒の地に順応した、伝説上の生き物。
「……なるほど。これが『面白いもの』ね」
冬華が呟くと、さゆは悪戯が成功した子供のように、にんまりと笑った。
「そうよ! わ~ちゃんねるで見たのじゃ! 月光の頂に棲む、幻のヤギがいると! これはもう、自分の目で見に行くしかないと思うであろう!」
「思わないわよ。普通は」
冬華が冷たく言い放つのと、一頭の岩ヤギがおもむろに動いたのは、ほぼ同時だった。
ひときわ体躯の大きな、群れの長と思しきヤギだ。ごつごつとした岩のような蹄で、慎重に雪を踏みしめながら、数歩だけこちらに近づく。そして、ぴたりと動きを止めると、太い首をゆっくりと、しかし明確な意志を持って、こてん、と傾けた。
その琥珀色の瞳は、真っ直ぐにさゆと冬華を射抜いている。
言葉は、ない。
だが、その全身が雄弁に語っていた。
――どうやって、登ってきた?
人語を解さぬはずの獣が投げかける、あまりにも明瞭な問い。
他のヤギたちも、同じように首を傾げたり、前足で軽く雪を掻いたりしている。彼らの間で、無言の会話が交わされているのが分かった。我々の知る世界の理の外にいる存在が、今、目の前にいる。その事実に、群れ全体が静かに動揺しているのだ。
「なにかあんの?」
さゆが、何のてらいもなく問い返した。まるで、旧知の友人にでも話しかけるような、気安い口調で。
その言葉に、長のヤギは驚いたように目をわずかに見開いた。そして、今度は困惑したように首を左右に振る。他のヤギたちもざわめき、小さな鳴き声のような音が風に乗って微かに聞こえた。
――いや……。人間が……。いや、人か? このような吹雪の中で、なぜ……。
彼らの思考が、波のように伝わってくる。この極限環境こそが彼らの日常であり、世界のすべて。その常識が、今、目の前の華奢な二人組によって根底から覆されようとしていた。特に、見るからに軽装なセーラー服の娘と、場違いなほど陽気な十二単の娘。彼らの理解を超えた光景だった。
冬華は腰に提げた刀の柄にそっと手を添える。警戒ではない。むしろ、この非現実的な邂逅が、少しだけ面白く感じ始めていた。幕末の動乱も、神々の理不尽も経験してきた。今更、喋る(ような)ヤギに会ったところで、驚きはしない。ただ、この春女が絡むと、物事が常に予想の斜め上を行く。
さゆは、そんなヤギたちの反応がたまらなく面白いようだった。桃色の瞳を好奇心でぱちぱちと瞬かせ、身を乗り出すようにして、長ヤギを観察している。
「何食べて生きてんだろうねえ! ねえ半竜!」
純粋な疑問。子供が無邪気に問いかけるような、飾り気のない声。
それは、この凍てついた世界の根源に触れるかのような、鋭い一言だった。
さゆの言葉に、冬華は小さく息を吐いた。答えは知らない。だが、この妖怪は、おそらく答えが見つかるまで、ここを動く気はないのだろう。
「……さあね」
冬華は短く応え、再び風が強くなる空を見上げた。白く塗りつぶされた世界で、ヤギたちの琥珀色の瞳だけが、確かな生命の灯りのように揺らめいていた。
أحدث الفصول
ミハエルは、地平線を埋め尽くして迫り来る無数の影と、その隣で虚ろな青い瞳を虚空に向け続ける水鏡冬華、そしてそのまた隣で「おともだちー!」と無邪気に手を振る桜雪さゆを一瞥し、そして、決然と頷いた
極寒の山頂に響き渡った狂気の二重唱が、突如として途切れた。
ミハエルが口ギターを止めたからだ。彼の青い瞳は、もはや狂気に満ちた虚ろさを映してはいない。そこにあるのは、実験の終焉を見届けた
風の音が変わった。
それまでの轟音とは質の違う、甲高い、まるで巨大な獣が喉を掻きむしるような悲鳴が、世界の果てから響き渡る。月光の頂は、もはやただの極寒の地ではなかった。それは、正気とい
風がまたうなりを上げ、氷の微粒子が肌を刺す。月光の頂は、生命の概念そのものを否定するような絶対零度に近い世界だった。吹雪はますます激しさを増し、視界は完全に白一色に塗り潰されようとしている。
الوسوم
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