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深海のアームドマーメイド

深海のアームドマーメイド

Ultimo aggiornamento: 2026-01-01 06:53:47
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Sinossi

【第1部完】深海を駆る蒼い閃光。親友を助けるため、彼女は機械仕掛けマーメイドとなり、戦いに身を投じていく。


Capitolo1

惑星アクアス。その地表の95%を紺碧の海水が覆い尽くすこの星では、残されたわずかな陸地を巡る熾烈な争いが、人々の営みの背景で絶え間なく続いていた。調和と和平を至上の理念とし、民衆の安寧を希求する統治機構「ピア」。それに対し、略奪と無法を肯定し、弱肉強食の新自由主義を声高に謳う武装勢力「シーズ」。両者のイデオロギーは決して交わることなく、戦火は静かに、しかし確実にアクアスの海を蝕んでいた。

戦争の主戦場は、光の届かぬ深海であった。そこは「マーメイド」と呼ばれる電子デバイス型ボディスーツを纏った戦士たちの領域だ。スーツに組み込まれた先進技術は、着用者の皮膚呼吸を可能にし、無限とも思えるほどの水中活動時間を約束する。それは、息継ぎという生物学的な制約から人類を解放し、海中を第二の空として自在に舞うための翼だった。兵士たちはこのマーメイドを素体とし、高硬度の装甲、炸薬を吐き出すライフル、超振動ブレード、あるいは一点突破のビーム兵器など、それぞれの戦闘哲学に応じて武装を構成し、深海の闇へとその身を投じていく。

ピア第5マーメイド部隊、隊長マーヤ・グレイス。それが私の名前。隊員たちからは親しみを込めて「マヤ」と呼ばれている。二十四歳という若さで、ピアが擁する六つのマーメイド部隊の中で唯一の女性隊長を務める私は、自らの意思とは裏腹に、しばしばメディアの脚光を浴びることがあった。青く染めた髪、その下にあると評される「凛々しさと、厳しさと、そして優しさ」。ジャーナリストたちが好んで使う安っぽい言葉の羅列だ。彼らは私を「リアルマーメイド」と囃し立て、その美貌が戦意高揚に繋がるのだと力説する。

「私の戦場は、カメラの前じゃない」

誰もいない自室で、私は静かに呟いた。私の本分は、マーメイドとしての戦闘技術にある。軽装甲に換装した機体で、敵のセンサー網をすり抜けるほどの超高速機動を展開し、懐に飛び込んで必殺の一撃を叩き込む。その得物となるのは、腰に提げた一本の高周波ショートブレード。ただそれだけだ。それでいい。兵士とは、恐怖と共に語られるべき存在だ。笑顔を振りまくアイドルではない。

そんなある日、司令部から全部隊長へ向けて緊急の通信が入った。

「本日未明、哨戒任務についていた第3マーメイド部隊所属、デルタ小隊が消息を絶った。最終通信地点はセクター・ノヴァの深海溝付近。現時点で、シーズからの声明は確認されていない」

画面に映し出された方面軍司令官の硬い表情を見つめながら、私の心臓が嫌な音を立てて脈打った。デルタ小隊。その隊長の名はユキ・ナガト。士官学校の同期で、いつも私の背中を押してくれた、かけがえのない親友。彼女の優しい笑顔が、脳裏にちらついて消えない。

ブリーフィングは重苦しい沈黙に包まれていた。セクター・ノヴァの深海溝は、通信を阻害する強力な磁場異常で知られる「海の墓場」。下手に部隊を送り込めば、二次遭難は免れない。誰もが口を開けない中、一人の男が立ち上がった。第3部隊隊長、カイ・シュナイダー。歴戦の勇士であり、ユキの直属の上官だ。

「司令、俺に行かせてください。デルタは俺の部下です。この手で必ず…」

カイ隊長の悲痛な声が響く。だが、司令官は冷徹に首を横に振った。「却下だ、シュナイダー隊長。貴官の部隊は先日の戦闘で消耗が激しい。戦力不足のままセクター・ノヴァへ向かわせるわけにはいかん。休養と部隊の再編を優先しろ」

「しかし!」食い下がるカイ隊長の言葉を、司令官は手のひらを向けて制した。「これは命令だ」。そのやり取りには、部下を想う現場指揮官の情と、それを切り捨てる非情な組織の論理が剥き出しになっていた。カイ隊長は唇を噛み締め、悔しそうに自席へと戻る。他の隊長たちは、その光景から目を逸らした。誰もが、厄介な任務を押し付け合っていたのだ。

「…私が行きます」

静寂を破ったのは、私の声だった。司令官が、そしてカイ隊長が驚いたようにこちらを向く。

「第5部隊から、私が精鋭を選抜し、捜索部隊を編成します。デルタ小隊の最終通信ポイントまで、最短ルートで到達してみせます」

私の言葉には、迷いも揺らぎもなかった。これは任務だ。そして、ユキを置き去りにはできないという、私個人の譲れない誓いだ。司令官はしばらく私を値踏みするように見つめ、消耗していない第5部隊を出すという選択肢に満足したのか、先ほどとは打って変わって鷹揚に頷いた。

「うむ、許可しよう。グレイス隊長、くれぐれも無茶はするな。あくまでも目的は状況の確認だ」

その声が、妙に軽々しく聞こえた。

出撃準備のためハンガーデッキへ向かうと、後方から呼び止める声がした。振り返ると、そこには苦い表情を浮かべたカイ隊長が立っていた。

「グレイス隊長、いや…マヤ。すまない、厄介な役目を押し付ける形になってしまった」

「いえ、私が行きたかっただけです。ユキは、私の親友ですから」

私の答えに、カイ隊長は僅かに目を伏せ、そして意を決したように顔を上げた。「一つだけ、忠告させてくれ」彼の声が、周囲の喧騒から切り離されたように低く響く。「上層部に気をつけろ。奴らにとって、お前は英雄であると同時に、最高の駒でもある。なぜ俺の部隊ではなく、わざわざお前の部隊を選んだのか…よく考えるんだ」

その言葉は、私の胸に冷たい棘のように突き刺さった。広報部の思惑、メディアの熱狂、そして今回の不可解な人選。全てが、一つの線で繋がっていくような感覚。カイ隊長はそれだけ言うと、私の肩をぽんと叩き、背を向けて去っていった。残されたのは、彼の言葉がもたらした、得体の知れない疑念だけだった。

私は自らの装備の前で静かに呼吸を整える。目の前の青いマーメイドスーツは、私の第二の皮膚であり、深海を駆けるための牙。インナースーツの上から身体に密着させていく。カチリ、カチリとロック機構が勘合し、神経接続が完了すると、スーツは完全に私の一部となった。腰の高周波ショートブレードに手をやり、その冷たさで思考をクリアにする。今は疑念よりも、任務に集中すべきだ。ユキが、待っている。

「全機、状況を開始する。目標、セクター・ノヴァ。これより潜行を開始する」

私の号令一下、部隊は水面を滑るように発進し、次々とアクアスの暗い海中へと姿を消していく。眼前に広がるのは、どこまでも続く深い、深い青の世界。ベース基地の人工的な光が遠ざかり、やがて完全な闇が私たちを飲み込んだ。機体のサーチライトだけが、前方の暗黒を頼りなげに切り裂いている。

この出撃が、私という存在そのものを根底から揺らがす、巨大な罠の始まりに過ぎなかったことを、この時の私はまだ、知る由もなかった。

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