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並走する恋の風

並走する恋の風

Letzte Aktualisierung: 2026-04-13 02:00:42
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Zusammenfassung

並走する夏の風の外伝。受験が終わった年明け、市太と翠は村の行事へ参加することになった。部活以外での二人きりのデートのような時間、市太と翠の細やかな気持ちの行方は…!?


Kapitel1

よりにもよって、なんで俺なんだ。

 村長の、しわがれた、しかし有無を言わせぬ声が、古びた公民館の和室に響き渡った。


「今年は市太ちゃんとと翠ちゃんにお願いさせてもらおうかの」


 雪男と雪女。このクソ田舎に古くから伝わる、悪習。年明けに若い男女がその役に扮し、村の子供たちの健やかな成長と安全を願って家々を練り歩くという、前時代的なイベントだ。本来なら二十歳前後の「若者」が担うはずのその大役が、過疎化という抗いがたい波に乗って、俺たち高校進学を控えたガキにまで降りてきた。


「俺、受験生だぞ!そんなことやっている余裕は…!」


 喉から絞り出した、苦し紛れの言い訳。本心は、そんな恥ずかしい格好、死んでもしたくない、というだけだ。だが、そんな見え透いた嘘は、村のすべてを知る長老の前では赤子の抵抗に等しかった。


「市太ちゃんも翠ちゃんも、もう先に合格しとるじゃろ。特待生って奴で?」


 ぐ、と喉が詰まる。その通りだった。翠は全中制覇、そして日本選手権準決勝進出という、もはや中学生の域を超えた実績を引っ提げ、スポーツ推薦で早々に進路を決めていた。そして、俺も。あの県大会での奇跡的な走りが評価され、一般推薦という形で、癪ながらも翠と同じ高校への切符を手にしていた。受験という、最後の砦は、こうもあっさりと崩れ去った。


 万策尽きた俺の横で、空気を読んだのか、あるいは単に楽しんでいるのか、翠が完璧な優等生の笑みを浮かべて一歩前に出た。


「村長の為に私、頑張ります!」


 その声は鈴を転がすように清らかで、その場にいた誰もが「なんと健気な娘だろう」と目を細めたに違いない。だが、俺だけは知っている。この女の、腹の中の黒さを。


「こいつ、ほんとはそんなじゃないくせに…」


 聞こえるか聞こえないかの声で呟いた、その瞬間。俺の背中に、鋭い痛みが走った。見えない角度から、翠の指が俺の脇腹の肉を的確に、そして執拗に捻り上げていた。


「……っ!!」


 声にならない悲鳴を、必死に飲み込む。振り向くと、翠は満面の笑みで俺を見つめていた。その目は、しかし、まったく笑っていない。


「しっかり御役目果たそうね?早川市太君?」


 その言葉は、甘く、そして悪魔の囁きのように響いた。俺たちの間にだけ存在する、あの部室での絶対的な力関係を、彼女は決して忘れさせてはくれなかった。


---


「えーっと、本番当日は小さな子供のいる各家庭を回って、子供に言い聞かせをしてお菓子を渡すのよね」


後日、俺たちは役場の会議室に呼び出されていた。村の若い男女の職員が二人、俺たちの向かいに座り、翠が手元の資料を読み上げている。その姿は、真面目そのものだ。あの夜のやり取りが、まるで幻だったかのように。


「衣装はこれだよ。早川君はこっち、星川さんはこっち」


 男性職員が、奥から二つの大きな衣装ケースを運んできた。俺の方に置かれたケースの蓋が開けられる。その中身を見て、俺は絶望に顔が引き攣った。


 白い。ただひたすらに、白い毛。どう見ても、着ぐるみだ。全身を覆う、毛むくじゃらの化け物の衣装。


「これだから嫌だったんだよ…」


 もはや抵抗する気力もなく、俺は力なく呟いた。


「まあまあ、試着してみてよ!」と悪気なく笑う男性職員に促され、俺は渋々、その毛皮の塊に腕を通した。中は蒸し暑く、獣のような匂いが鼻をつく。鏡の前に立つと、そこにいたのは、俺の知る早川市太ではなかった。ただの、白い毛むくじゃらの怪物。正真正銘の、雪男だった。


「っぷ…!」


 隣から、息を漏らす音が聞こえた。見ると、翠が口元を手で覆い、必死に笑いを堪えている。その肩が、小刻みに震えているのが見えた。完璧な優等生の仮面が、一瞬、乱れかけている。


「このっ…!」


 わなわなと、怒りで拳が震える。役場の職員がいなければ、今すぐにでもあの悪魔の本性を暴く罵詈雑言を浴びせてやるところだ。だが、俺にできるのは、ただこの屈辱的な姿のまま、怒りを押し殺すことだけだった。


「じゃあ、次は星川さん、どうぞ」


 翠は「はい」と可憐に返事をすると、女性職員と共に隣の試着室へと消えていった。残されたのは、雪男の姿の俺と、人の良さそうな男性職員だけ。気まずい沈黙が流れる。


「早川君は、星川さんと陸上部で一緒に走っていたんだよね?」


 気まずさを見かねたのか、職員さんがひまを持て余した俺に気を遣うように話しかけてきた。


「あ、はい。タイムじゃ俺の方が早いけど、短距離選手としての実力は星川の方が上ですよ。なにせ11秒台で走る女子中学生ですからね」


 言ってから、しまった、と思った。忌々しいライバルを、しかもあの性悪女を、無意識に褒めてしまった。こんなことなら、いっそ、あいつの裏の顔をぶちまけてやりたい。俺がどれだけ屈辱的な扱いを受けているか、この人に訴えてやりたい。そんな黒い衝動に駆られる。


「ふーん、じゃあ二人は仲いいのかい?」


 その、あまりにも無邪気な質問に、俺は言葉を失った。


 仲がいい?


 考えたこともなかった。ライバルで、倒すべき相手で、でも練習パートナーで。本性を知ってからは、俺を支配する女王様で、俺はその忠実な(?)かませ犬で。劣情を抱き、それを逆手に取られ、完膚なきまでに叩きのめされた。その関係性を、一体「仲がいい」という一言で片付けてしまっていいのだろうか。俺たちの関係は、なんだ?


 俺が答えに窮していると、隣の部屋の襖がすっ、と開いた。


「はーい、準備できましたー!」


 女性職員の明るい声。どうやら、翠の準備が整ったらしい。襖の向こうから、人影が静かに現れる。


「うわぁ………」


 思わず、声が漏れた。雪男の分厚い着ぐるみの中で、俺の心臓がどくん、と大きく跳ねた。


 そこにいたのは、俺の知っている星川翠ではなかった。


 薄い水色の、雪の結晶が刺繍された着物。いつもは一つに束ねられている黒髪は美しく結い上げられ、銀色のかんざしが涼やかに揺れている。普段はすっぴんのその顔には、子供っぽさを残しながらも、少しだけ背伸びしたような、しかし驚くほど様になっている化粧が施されていた。それは、俺が今まで見てきた「優等生の星川」でも、「悪魔の星川」でもない、ただひたすらに美しい、一人の「女」だった。


「市太君、ジロジロみないで…。恥ずかしいよ」


 はにかむように俯き、頬を染める。その言葉が、いつもの嘘くさい演技だと頭では分かっているのに、今の彼女が言うと、本当にそう聞こえてしまう。そのあまりの綺麗さに、俺の思考は完全に麻痺していた。


「やっぱり、体を鍛えている女の子は違うね。嫉妬しちゃうわ」


 女性職員が、惚れ惚れとした様子でクスッと笑う。その時だった。翠が小さくお辞儀をした拍子に、彼女の結い上げた髪から、きらりと光る飾りが一つ、ポトリ、と畳の上に落ちた。


「ありゃ、そろそろ変え時かな」女性職員がそれを拾い上げながら言うと、俺の隣にいた男性職員も頷いた。「雪男の小道具もだいぶ古くなっているから、買い替えた方がいいですね」


 そう言うと、二人の職員は、くるりと俺たちの方を向いた。その目に、悪戯っぽい光が宿る。


「二人とも、必要なお金を渡すから、隣町まで行って、買い出しお願いできないかな?」


 その提案に、俺と、雪女の姿をした翠は、思わず顔を見合わせた。

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