Synopsis
女子大生のアイは、ある日、目を覚ますと別人になっていた…
そして、魔女ルミナの新たな伝説が…後日、生まれることになる。
Chapitre1
肺の奥に流れ込んできたのは、ひどく冷たく、それでいて焦げた羊皮紙と古い埃が混ざり合ったような、嗅ぎ慣れない空気の塊だった。アイがまぶたを持ち上げたとき、視界に飛び込んできたのは、自室の天井にあるはずの淡いベージュ色の壁紙ではなく、不規則に削り出された灰色の石材が幾重にも積み上げられた、高い円蓋状の天井だった。身体の下にある感触も、使い古したマットレスの弾力ではなく、獣の毛皮を敷いただけの、骨に響くような硬い板敷きの感触に変わっている。彼女は反射的に起き上がろうとしたが、全身を包む布の重さに動きを阻まれた。それは普段愛用しているスウェットではなく、銀の刺繍が施された、重厚で滑らかな深い紫色のローブだった。
窓らしき開口部からは、見たこともないほど巨大な、あるいはあまりに近すぎる上弦の月が、青白い光を暴力的なまでに室内に投げ入れている。アイは震える手で石の窓枠に縋り付き、外を覗き込んだ。そこには、重力から解き放たれたかのように、長い尾を引いて夜空を滑走する「棒状の何か」と、それに跨る人影がいくつも交差していた。眼下に広がる街並みは、電飾の輝きではなく、建物の窓から漏れる揺らめく火の色で構成されている。風が彼女の頬を叩き、それが夢ではないことを、物理的な痛覚を伴って突きつけてきた。アイは喉の奥を鳴らし、自分の名前を呼ぼうとしたが、口から漏れたのは、自分のものではない、どこか鈴の音のように澄んだ、それでいて意志の強さを感じさせる見知らぬ声だった。
一方、現在日本、ある地方都市にある某アパートの一室では、ルミナが自身の鼓膜を執拗に突き刺す電子音の襲撃に悶絶していた。枕元に置かれた薄いガラスの板――スマートフォンと呼ばれるその物体は、設定された午前七時の訪れを告げ、執拗に震えながら高い音を放ち続けている。ルミナはそれを呪具の一種だと断定し、反射的に破壊魔法を放とうと指先を突き出した。しかし、指先から溢れ出すはずの魔力は一滴も現れず、ただ肉の感触を伴う細い指が、空を虚しく掻いただけだった。
「……魔力が、ない?」
ルミナは自身の声の低さに驚き、跳ねるようにベッドから転がり落ちた。視界に入る景色は、あまりに狭苦しく、色彩に乏しい。足元には脱ぎ捨てられたタイツや、読みかけの分厚い教科書が散乱している。彼女は壁に備え付けられた姿見の前に立ち、そこに映る自分自身を凝視した。鏡の中にいたのは、勝ち気な吊り上がった瞳を持つ自分ではなく、伏せ目がちで、今にも泣き出しそうなほど怯えた表情を浮かべた、見知らぬ東洋人の娘だった。肌は白く、四肢は驚くほど細い。ルミナはその「器」の脆弱さに、深い嫌悪と、それ以上の好奇心を抱いた。
ルミナは、アイのスマートフォンを手に取った。画面には「ゼミ発表・最終確認」という通知が何度も表示されている。彼女はその意味を理解できなかったが、画面を指でなぞると光が動き、図形が変化するその仕組みに、未知の術式の気配を感じ取った。空腹が、胃の腑を直接掴むような不快感となって襲ってくる。ルミナは、この世界の住人が食料を調達する場所を探すべく、アイのクローゼットから適当な服を掴み出し、外の世界へと踏み出した。
外は、魔力の気配が一切排除された、鉄とコンクリートの墓場のような場所だった。しかし、歩いて数分の場所にあった「コンビニエンスストア」という名の空間に足を踏み入れた瞬間、彼女の評価は一変した。自動で開く硝子の扉、真昼のように明るい人工の光、そして整然と並べられた色とりどりの包み。ルミナは、棚に並ぶ「おにぎり」という三角形の物体他を手に取り、レジという場所でアイの財布から数枚の紙切れを差し出した。
アパートの一室に帰宅後、包装を剥がすという複雑な儀式を経て現れた、海苔の香りと米の甘み。それは彼女の故郷にあるどの宮廷料理よりも、機能的で、洗練された「魔法」の結実のように思えた。
「素晴らしいじゃない。この世界の人間は、魔力を持たぬ代わりに、これほどまでに便利な術を編み出したというわけ?」
ルミナは、追加で買い込んだプラスチック容器入りの麺を啜りながら、この奇妙な世界を支配するための算段を立て始めた。
Derniers chapitres
次に目を覚ましたとき、アイの鼻腔をくすぐったのは、柔軟剤の微かな香りと、慣れ親しんだ自分の部屋の匂いだった。
窓の外からは、遠くを走る電車の走行音と、地方都会特
七日目の夜、異世界の最上階にある儀式の間には、天窓から降り注ぐ満月の光が、冷徹なまでに純粋な白銀の円陣を描き出していた。空気は極限まで澄み渡り、呼吸をするたびに肺の奥が薄氷で撫でられるような鋭い
六日目の夜、二人は再び鏡の前で対峙した。
アイは、村人たちから感謝の印として贈られた、色とりどりの野花の冠を傍らに置いていた。彼女の表情からは、かつての卑屈
同じ頃、現代日本の大学キャンパス。アイが最も恐れ、数ヶ月前から胃を痛め続けてきた「公開プレゼンテーション」の時間が迫っていた。大講義室には、百人近い学生と、鋭い審美眼を持つ教授陣が詰めかけてい
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