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一億円、一週間、一攫千金:『アイリスとチョコレート』外伝-お題チャレンジ #6「一攫千金」応募作品

一億円、一週間、一攫千金:『アイリスとチョコレート』外伝-お題チャレンジ #6「一攫千金」応募作品

Letzte Aktualisierung: 2026-04-11 04:20:16
By: 小清水由美
Abgeschlossen
Sprache:  日本語4+
4.3
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Zusammenfassung

これは、突如大金を手にし、その使い道を巡って東奔西走する二人の少女と一人のアンドロイドの物語です。


「スイーツ対決:『アイリスとチョコレート』外伝」及び「和風喫茶「庵」へようこそ:『アイリスとチョコレート』外伝」と同じく、『アイリスとチョコレート』のスピンオフ作品です。


お題チャレンジ #6「一攫千金」応募作品です。


今日のテーマ: 「一攫千金」 お題チャレンジ #6「一攫千金」:1週間で1億円を使い切れ


ある日突然舞い込んだ大金。条件はただ一つ、「1週間で1億円を使い切ること」。それさえクリアできれば、美しいリゾート島とさらに30億円の遺産を相続できる――。


Kapitel1

第一章 青天の霹靂


鉛筆の芯が、ケント紙のわずかな凹凸を拾う音だけが響いていた。乾いた、心地よい摩擦音。小清水由美は息を詰め、指先に全神経を集中させていた。窓から差し込む西日が埃を金色に照らし出す放課後の図書館。その一角で、彼女は世界から切り離された聖域にいた。

描いているのは、図鑑に載っていたトリリウム・グランディフロルム。白い三枚の花弁が気高く開く姿を、0.3ミリの芯先で丹念に写し取っていく。光の当たる部分は紙の白さを残し、影になる花脈の縁を、震えるほど繊細な線でなぞる。それは祈りに似た行為だった。言葉で伝えられない想いのすべてが、この一本の線に込められているような気がした。言葉はいつも、彼女を裏切る。形が曖昧で、受け取る相手によっていとも容易く変質してしまう。だが、この絵は違う。見たままの真実が、ただそこにある。それが由美にとって唯一の救いであり、自己表現だった。

「ユミ、見っけ。まだやってたんだ」

背後からの声に、由美の肩が小さく跳ねた。振り向くと、親友の相田里子が呆れたような、それでいて優しい笑みを浮かべていた。白いブラウスの袖をまくり、少し汗ばんだ首筋が夕日に艶めかしく光っている。健康的でしなやかな肢体は、いつも由美の目を惹きつけた。

「里子…」
「もう、集中しすぎ。ほら、閉館時間。帰るよ」

里子は由美のスケッチブックを覗き込み、「うわ、またマニアックなやつ。でも、すごいね、本物みたい」と屈託なく笑う。その笑顔が、いつも由美の心を解きほぐす。里子は、由美が何も言わなくても、その線の意味を分かってくれる唯一の人間だった。

二人は並んで、緩やかな坂道を下っていく。里子が一歩前を歩き、時折振り返っては他愛もない話をした。新しくできたカフェのこと、週末のテレビ番組のこと、クラスメイトのちょっとした噂話。由美は時折短く相槌を打つだけで、ほとんどは里子の声を聞いている。その声は、春の小川のせせらぎのように、彼女の心に馴染んだ。

「そういえばさ、ユミの体操服、ゼッケン取れかかってるよ。あたしが付け直してあげようか?」
「…うん。お願い」
「しょーがないなー。ユミは本当にあたしがいないとダメなんだから」

里子がいたずらっぽく笑い、由美の肩に軽く腕を回す。触れた部分から、温かい体温が伝わってくる。ほんのり甘い汗の匂いと、シャンプーの清潔な香りが混じり合った。スカートの裾が風に揺れ、揃いのハイソックスに包まれたしなやかな脹脛が垣間見える。健全で、生命力に満ちたその姿は、由美が描く静謐な植物とは対極にある、眩しい光そのものだった。この時間が永遠に続けばいい、と由美は心から願った。里子の隣にいるだけで、世界はこんなにも穏やかで、満ち足りている。

自宅の前に差し掛かった時、その穏やかな世界は、何の予告もなく引き裂かれた。

見慣れた、少し古びた二階建ての家の前に、場違いな一台の車が停まっていた。黒く、艶やかな塗装は周囲の風景を歪めて映し込み、まるで異世界から迷い込んだ巨大な甲虫のようだった。由美と里子は、思わず足を止める。

「…なに、あれ」

里子が警戒するように呟いた。その時、運転席のドアが静かに開き、一人の男が降り立った。歳は二十代半ばだろうか。非の打ち所のない、黒のスーツ。磨き上げられた革靴。切り揃えられた黒髪は、夕日の中でも光を吸い込むように静かだった。しかし、由美の目を釘付けにしたのは、その表情だった。まるで能面のように感情がなく、ガラス玉のような瞳が、真っ直ぐに二人を射抜いていた。

続いて、後部座席のドアも開く。現れたのは、息を呑むほど美しい女性だった。プラチナブロンドの髪、陶器のように白い肌。体にフィットしたシンプルなワンピースは、彼女の完璧なプロポーションを際立たせていた。だが、その美しさにはどこか人間離れした、無機質な気配が漂っていた。彼女の動きはあまりに滑らかで、まるで計算され尽くした機械のようだった。

「小清水由美さんですね」

スーツの男が、温度のない声で言った。里子が、庇うように由美の前に一歩出る。

「どちら様ですか。セールスならお断りです」
「失礼。私は久遠寺法律事務所の弁護士、久遠寺彰人と申します」

久遠寺と名乗った男は、名刺を差し出すこともなく、淡々と続けた。

「こちらはアイリス。…自己紹介を」
「初めまして。生活サポート・メンタルケア用自律型アンドロイド、アイリスと申します」

プラチナブロンドの女性――アイリスが、わずかに首を傾けた。声もまた、合成音声のように平坦で、抑揚がなかった。アンドロイド。その言葉が、現実感をさらに希薄にした。

玄関先で、四人は奇妙な対峙を続けた。久遠寺は、まるで値踏みをするように由美を上から下まで眺めると、本題に入った。

「単刀直入に申し上げます。先日お亡くなりになった、あなたの遠縁にあたる小清水龍太郎氏の遺言により、あなたが遺産相続の最終候補者の一人となりました」

龍太郎。聞いたこともない名前だった。由美が混乱して里子と顔を見合わせていると、久遠寺は構わずに続けた。

「ただし、相続には条件があります。最終テストとして、あなたには一週間で一億円を使い切っていただきます」

一億円。その言葉が、鼓膜の上で意味をなさずに滑っていく。まるで知らない外国語のように。

「監視役として、アイリスがあなたの生活に同行します。彼女の承認なしに、金銭の使用は一切認められません。ルールは三つ。第一に、一週間、すなわち168時間以内に、現金またはあなた名義の口座に振り込まれる一億円を、すべて消費すること」

久遠寺は、氷を砕くような声で、無慈悲に言葉を続けた。

「第二に、貯金、他者への譲渡、株式や不動産といった資産価値が残る物品への変換は禁止します。あくまで『消費』、つまり形に残らないものに使い切らなくてはなりません。食事、旅行、サービス、あるいは公共料金の支払いなどがこれにあたります」

「第三に、以上のルールを逸脱したとアイリスが判断した場合、その時点であなたは相続権を失います」

理解が、思考が、追いつかない。目の前の男が何を言っているのか、まるで分からなかった。手のひらにじっとりと汗が滲む。隣で息を呑む里子の気配だけが、これが悪夢ではないことを示していた。由美はかろうじて声を絞り出した。

「…な、んで…わたしが…」
「遺言だからです。理由は我々にも分かりかねる。受諾しますか、それとも拒否しますか」

拒否する。そう言えば、この悪夢は終わるのだろうか。だが、声が出なかった。全身が鉛のように重い。久遠寺は、由美の沈黙を肯定と受け取ったようだった。

「よろしい。では、明日午前九時に一億円をあなたの口座に振り込みます。アイリスの指示に従ってください」

彼はそれだけ言うと、由美に一瞥もくれずに車に乗り込んだ。黒い車体が音もなく滑り出し、角を曲がって見えなくなるまで、由美も里子も動けなかった。

アスファルトの上に、由美と里子、そして完璧なアンドロイドだけが残された。夕暮れのオレンジ色の光が、アイリスの無表情な顔を不気味に照らし出している。長い沈黙の後、彼女の唇が動いた。

「マスター・ユミ。これよりタスクを開始します。最初の指示をどうぞ」

その声には、何の感情も含まれていなかった。ただ、プログラムされた事実を告げるだけの、冷たい響き。
恐怖が、由美の喉を締め上げた。声が出ない。指一本動かせない。隣にいるはずの里子の体温さえ、遠くに感じられた。世界が、自分の知らないルールで作り変えられてしまった。その絶望的な事実だけが、冷たい刃のように、心臓に突き立てられていた。由美は、ただその場に立ち尽くすことしかできなかった。

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