Özet
故郷の衰退に心を痛める山村の女性教師・白石明日香と、挫折を抱えて都会でくすぶる元アスリート・津ヶ谷拓が、故郷の伝説「灯火の山越え」復活に挑むことで、それぞれの心の灯火と村の未来を見つめ直す再生の物語。村の開発を進める元ライバルの黒崎直也、神社の跡取りの榊一成、地元局の藤原サララら個性豊かな同級生たちに囲まれ、数々の障害を乗り越えて、拓は「失われた過去」と向き合い、明日香は自分の選択の意味を問い直す。伝統の祭事とそれに賭けた人々の想いが絡み合い、やがて村に小さくも確かな希望の火が灯る。
Bölüm1
からん、と乾いた音が、やけに広く感じる教室に響いた。
チョークが、白石明日香(しらいしあすか)の手から滑り落ちた音。
拾い上げようと屈みかけた明日香に、最前列に座っていた快活な少年が声をかける。
「先生、だいじょーぶ?」
「大丈夫よ、ありがとう」
明日香はにっこりと微笑んで、指先でチョークをつまみ上げた。
全校生徒、わずか七名。
そのうちの二人が、次の春に卒業していく。
来年には、この白石明日香が教鞭をとる山吹小学校は、廃校になることが決まっていた。
窓の外に目をやれば、自分が生まれ育った、愛する村の風景が広がっている。
かつては活気があった商店街も、今はシャッターが下りた店がほとんどだ。
田んぼのあぜ道には、手入れのされなくなった雑草が伸び放題になっている。
穏やかで、静かで、そして少しずつ、すべてが消えていく景色。
明日香はその光景から目をそらすように、生徒たちに向き直った。
「はい、じゃあ今日の授業はここまで。気をつけて帰るのよ」
「「「さようなら、先生!」」」
数えるほどしかない元気な声が、がらんとした校舎に吸い込まれていく。
それを見送りながら、明日香は静かな無力感を、ただ噛み締めていた。
自分の大切な場所が、足元から崩れていくのを、ただ見ていることしかできない。
その無力感は、午後になってさらに色濃くなった。
◆
村の小さな集会所は、重苦しい沈黙に包まれていた。
パイプ椅子に腰かけた老人たちの前で、一人の男が淡々とスクリーンを指し示している。
「……以上の理由から、この樽神山(たるがみやま)一帯を開発し、総合リゾート施設を建設することが、村の経済的自立を促す唯一の道であると、我々は結論いたしました」
涼やかな声。
隙のない上等なスーツ。
理路整然と語られる、冷たいほどの合理性。
男の名は、黒崎直也(くろさきなおや)。
このリゾート開発を請け負う大手開発会社の、現場責任者。
そして、明日香の元同級生だった。
「……このリゾート開発計画は、過疎化と高齢化に苦しむ当村にとって、唯一の起死回生の策であると我々は考えております」
直也は、抑揚のない声で淡々と説明を続ける。スクリーンには、村の象徴であるあの美しい山が、ゴルフコースとホテルに姿を変えた完成予想図が映し出されていた。
「山の神様が怒るぞ……」
誰かがぽつりと呟いた。だが、その声には力がなかった。
「伝統や感傷を優先して、このまま村が消滅するのを待つのが果たして正しい選択でしょうか。これは未来のための投資です」
冷徹なほどに合理的な言葉。
それは正論で、ぐうの音も出ない。だからこそ、残酷だった。
老人たちは深くため息をつき、俯いてしまう。誰もが、もう抗う気力さえ失っているようだった。
「失礼ながら、現状は悪化する一方です。これは感傷で語るべき問題ではありません。村を、未来へ『延命』させるための、唯一の現実的な選択なのです」
延命、という言葉。
それはまるで、この村がもう死にかけていると宣告されたようなものだった。
老人たちは深く刻まれた皺をさらに深くし、俯いてしまう。
明日香も、集会所の隅でその光景をただ見つめていた。
直也の言うことは、正論だ。
痛いほどに、正しい。
だからこそ、何も言い返せない。
かつて、同じ教室で笑い合ったはずの彼の横顔は、今はまるで知らない人のように冷たく、遠い。
昔は、皆でこの村の山で遊ぶのが好きだったはずなのに。泥だらけになって笑っていた、あの頃の面影はどこにもない。
ただ、開発会社の有能な現場責任者としての顔があるだけ。
また一つ、自分の居場所が奪われていく。
その予感が、鉛のように明日香の心にのしかかった。
◆
その夜。
村に一軒だけある居酒屋『やまびこ』のカウンターで、明日香はジョッキに残ったわずかなビールを眺めていた。
「はー……マジ、やってらんねえよな」
隣で焼き鳥を頬張りながら、軽薄そうな口調で愚痴をこぼしたのは、榊一成(さかきかずなり)。
肩まで伸ばした茶髪を無造作に結わえた、神主見習いとは思えないほどチャラい男。
彼もまた、明日香の幼馴染だった。
「うちの神社も、このままだと麓のデカいとこと合祀だってよ。そしたら俺、町の宮司の娘さんとこに婿入りだってさ。マジかよって感じだろ?」
「……一成は、それでいいの?」
明日香が尋ねると、一成は「んー」とわざとらしく首を傾げた。
「どっちでもいいかな。 あそこの娘さん、すっげー美人だしな。
……あ、でも、明日香が嫁に来てくれるってんなら話は別だけど?」
ニヤリと笑って、悪戯っぽくウインクする。
本気じゃないと分かっているから、明日香も小さく苦笑いを返すしかない。
「もう、からかわないで」
「からかってねーし。
サララでもいいぜ? 元彼助けると思って、どうよ?」
話を振られたもう一人の幼馴染、藤原サララ(ふじわらさらら)は、優雅な手つきで梅酒のグラスを傾けていた。
地元テレビ局のアナウンサーである彼女は、こんな場末の居酒屋にいても、一人だけ華やかなオーラを放っている。
「遠慮しとくわ~。 ……って、元カレ……っていったい何年前の話してんの?
あんたみたいな甲斐性なしと結婚しても、何のメリットもないもの」
「ひっでえ! 東京で男捕まえられなくて戻ってきたくせに!」
「うっさい! 私は夢に破れて帰ってきたの!男が原因じゃないんだからね」
憎まれ口を聞きながらケラケラと笑う二人とは対照的に、明日香の心は静かに沈んでいく。
学校がなくなる。
思い出の山がなくなる。
そして、幼馴染が守ってきた神社も、彼の居場所さえも、なくなってしまうかもしれない。
自分の周りから、大切なものがどんどん消えていく。
その現実に、静かに打ちのめされていた。
重くなりかけた空気を読んだのか、一成がわざと明るい声を出した。
「あーあ! こうなったら、いっそ昔みたいに『灯火の山越え』でもやって、神頼みでもすっか!」
『灯火の山越え』。
その言葉に、明日香は顔を上げた。
かつてこの村で、毎年秋祭に行われていた奉納競技。
竹で作った行燈を掲げ、夜に樽神山の険しい獣道を越え、山頂の櫓(やぐら)に灯火を奉納する。
完走した者の願いは、神様に聞き届けられる、と。
危険で運営も大変なため、ずいぶん前になくなってしまったその競技。
たしか、自分たちが中学生の時に参加したのが、最後の開催だったはずだ。
明日香が懐かしい記憶に浸っていると、隣でサララの目の色がカッと変わった。
「……それよ」
「へ?」
「それよ、カズナリ!」
サララは身を乗り出し、一成の肩をバシンと叩いた。
「いいね、それ! ニュースになるわ! 『消えゆく村の伝統行事、若者たちが一夜限りの復活へ』……最高の画じゃない!」
早口でまくし立てるサララに、一成も明日香も呆気にとられる。
「いや、俺、冗談で……」
「話題になれば、風向きは変わるかもしれない! あの裏切者の黒崎直也だって、世論は無視できないはずよ!」
サララの野心に満ちた瞳が、ギラリと光る。
彼女はもう止まらない。
スマホを取り出すと、猛烈な勢いで何かを打ち込み始めた。
「協力者を集めなきゃ。そうね……地方紙の佐々木くん、彼、私のこと好きだったはず。動画配信やってるケントも使えるわね。ああ、体育大学に進んだ鈴木くんにも声をかけないと。彼は体力バカだから喜んで参加するでしょ。あと、商店街の若手も……」
次々と同級生の名前を挙げていくサララに、一成が呆れたように突っ込んだ。
「お前、それ……みんなお前の元彼じゃねえのか」
「バカね。違うわよ! ……まあ、大体はそうだけど」
サララは悪びれもせず、ぺろっと舌を出した。
その悪戯っぽい仕草は、昔のまま変わらない。
愛らしくて、少しズル賢くて、でも憎めない。
「あーでも」と、サララは少しだけ悔しそうな顔で呟いた。
「彼は、全くなびいてくれなかったわねぇ……」
そして、何かを思いついたように、ポンと手を打った。
「そうだ! 彼も協力してくれないかなぁ。 村が生んだ唯一のトレイルランのスター、元クロスカントリー選手の」
その名前が告げられた瞬間。
明日香の心臓が、微かな痛みと共に、トクン、と大きく跳ねた。
「津ヶ谷 拓(つがや たく)に」
Son Bölümler
ゴツゴツとした岩肌に指を食い込ませ、最後の力を振り絞る。
肺が張り裂けそうだ。全身の筋肉が悲鳴を上げ、まるで他人の体のよう
夜闇を切り裂くように、二つの灯火が山道を駆け上っていく。
樽神山の頂へと続く道は、最後の試練とばかりに牙を剥いていた。
パンッ! と乾いた号砲が夜のしじまを破った。
それを合図に、百を超える灯籠の灯火が、闇に浮かぶ樽神山の麓から一斉に頂を目指
祭が、もうすぐそこに迫っていた。
かつては静寂に包まれていた山村が、嘘のように活気づいている。
村には
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