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討伐王と依頼成功率No.1は森で迷う

討伐王と依頼成功率No.1は森で迷う

Last Updated: 2026-03-18 12:44:20
By: Ayane
Ongoing
Language:  日本語12+
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Synopsis

依頼成功率No.1を誇る人気パーティ「ファイヤーサイド」の魔法使い・リゼ。今回は冒険者の失踪が相次ぐ森の調査依頼を受ける。一方ライバルの孤高な討伐王・ゼクトはすでに森で迷っていてーー?互いに素直になれないライバル冒険者のリゼとゼクトが、侵入者を惑わし魔力を喰らう「魔喰いの森」に囚われる冒険ラブコメ。


Chapter1

カチリ、と薪がはぜる音。


暖かな炎が照らし出すのは、冒険者ギルドの談話室。依頼を終えた者たちの安堵の息遣いや武勇伝、これから向かう戦場への作戦会議が、麦酒の匂いと混じり合って心地よい喧騒を生み出していた。


そんな活気あふれる空間の片隅。ひときわ真剣な空気を纏う一団がいた。


「依頼成功率ナンバーワン」の呼び声高いパーティ、『ファイヤーサイド』の面々だ。


「——またか。これで今月に入って五人目だな」


渋い顔で羊皮紙の報告書に目を通しているのは、このパーティの頼れるリーダーにして前衛戦士、カイル。その傍らで、彼の妹であり、パーティの頭脳を担う魔法使いのリゼも、金緑色の髪を揺らしながら眉をひそめていた。


「最近噂の『迷いの森』ね。高ランクの冒険者まで行方知れずになるなんて、ただ事じゃないわ」


「しかも、生還した人も『ただ道に迷っただけだ』って言うんだよねー。記憶が曖昧みたいで、不気味だなぁ」


のんびりとした口調で相槌を打つのは、二人とは幼馴染のヒーラー、ミリアだ。彼女の朗らかな声が、重くなりかけた空気を少しだけ和らげる。


報告書には、最近になって冒険者の失踪が相次いでいるという森の現状が、簡潔ながらも不吉な筆致で記されていた。ついこの間まで、ただの「森」だった場所が、今は「迷いの森」と呼ばれ、恐れられている、と。


報告書をテーブルに置き、カイルが腕を組む。鍛え上げられた筋肉が、衣服の上からでもその存在を主張していた。


「ギルド長からの直々の依頼だ。俺たち『ファイヤーサイド』で引き受けるぞ」


「もちろんよ、兄さん。困っている人がいるなら、放ってはおけないわ」


リゼが力強く頷くと、カイルは満足げに妹を見つめ、ふと思いついたように口を開いた。


「なあ……あいつ……ゼクトはどうする? 誘うか?」


その名が出た瞬間、リゼの肩が微かにこわばる。


「あー、『討伐王』さんねー。原因が魔物の場合は、こういう時こそあの人の出番なのにねー」


ミリアがわざとらしく軽い口調で言う。


『討伐王』ゼクト。


黒髪に灰色の瞳を持つ、孤高の剣士。人を寄せ付けないその佇まいから、かつては畏怖と敬遠の対象だった。


しかし、伝説級と謳われたダンジョンで死線を共に越えて以来、彼の立ち位置は少しだけ変わった。パーティに正式加入こそしないものの、時折こうして声がかけあい、共闘する不思議な関係となっている。


相変わらず馴れ合いは好まず、リゼとは顔を合わせれば憎まれ口の応酬が始まるが、その剣の腕と、時折見せる不器用な実直さを、誰もが認め始めていた。


「……そうだな。敵が魔物の場合も考慮して、ヤツにも声はかけるか……」


カイルが静かに呟く。


以前は、妹に馴れ馴れしい(とカイルには見えた)ゼクトを毛虫のように嫌っていた兄が、こうして彼の名を出す。その変化が、ゼクトという男が築き上げた信頼の証のようにも思えた。


「それが……」


話を聞いていたギルド長が、困ったように口を挟んだ。恰幅のいい体に、厳格な眼差し。

しかし今日は眉が下がっている。


「ゼクトなら、少し前に離れた国境の魔物討伐に出ておってな。まだこっちには戻っておらんのだ」


「え、そうなんですか?」


「うむ。予定では、とっくに戻っているはずなのだが……もしや、帰り道、その『迷いの森』で道に迷っていたりしてな」


ギルド長が冗談めかして笑うと、ミリアがくすくすとおかしそうに肩を揺らした。


「ははは、まさか。あの人なら、森ごと焼き払ってでも帰ってきそう」


その言葉に、リゼはふんと鼻を鳴らす。


「あの男の力は不要よ。私たちのやり方で完璧に解決するわ。その方が、ずっとスマートでしょ?」


わざと強く、言い放つ。


ゼクトへの対抗心を隠そうともしない、いつものリゼ。


けれど、その実、胸の奥では別の感情が渦巻いていた。


——伝説のダンジョン、毒霧に満ちた最下層。絶対的な窮地で交わした、あの不器用で、熱いキス。


『……すまない、リゼ』


初めて名前で呼ばれた時の、彼の掠れた声。口移しで渡された甘い飴の味。


思い出すだけで、頬に熱が集まる。


(……いないなら、いないで、別にいいじゃない。むしろ好都合よ。集中できるんだから)


誰にも気づかれないよう、リゼはそっと顔を背けた。強気な言葉とは裏腹に、暴れ出しそうな心臓を必死で押さえつけながら。


そんな妹の葛藤など露知らず、カイルは「そうだな!」と拳を握りしめた。


「あんな野蛮な男に、大事なリゼは任せられないからな! 俺がリゼを守る!」


「そういう問題じゃないって言ってるでしょ! 兄さんは少し落ち着いて!」


「いやでもリゼ、もし森で野蛮な男に襲われたら……」


「だから、なんでそうなるのよ!」


いつものように始まる兄妹のやり取りに、ミリアは「はいはい、てぇてぇ、てぇてぇ」と幸せそうに呟き、ギルド長は「はっはっは」と朗らかに笑う。


それが、ギルド『ファイヤーサイド』の日常だった。



◆ ◆ ◆



その頃——。


鬱蒼と茂る木々の間を、一人の男が歩いていた。


背には身の丈ほどもある大剣。陽光を弾くはずの漆黒の髪は枝葉に引っかかり、土埃に汚れている。


「……クソ。どっちだ……」


吐き捨てるような低い呟きが、静かな森に吸い込まれていく。


『討伐王』ゼクト。


彼は、国境での大規模な魔物討伐任務を終え、王都への帰路についていた。


少しでも早く帰還しようと、地図にも載っている近道を選んだはずだった。


だが、この森に足を踏み入れてどのくらいたったのだろうか。


完全に方向感覚を失っていた。


同じような太さの木々。


同じような木漏れ日。


同じような下草の匂い。


どこまで進んでも景色が変わらない。まるで、巨大な生き物の胃袋の中を彷徨っているような、不気味な閉塞感。


おまけに、腹の虫が限界を告げている。


「グルルルゥ……」


盛大な音を立てた腹を押さえ、ゼクトは忌々しげに顔をしかめた。大剣の柄を杖代わりにしながら、ただひたすらに歩みを進める。


彼の灰色の瞳には、焦りと、そして空腹からくる純粋な苛立ちの色が浮かんでいた。



◆ ◆ ◆



「ファイヤーサイド」の一行は、万全の準備を整え、『迷いの森』の入り口に立っていた。


辺りには、不気味なほどの静寂が満ちている。いつもの賑やかな鳥のさえずりが聞こえない。


「……やっぱり、何かおかしいわ」


リゼは杖を構え、目を閉じた。得意の風魔法を使い、周囲の魔力の流れを探る。


彼女の指先から淡い緑色の光を帯びた風が生まれ、糸のように周囲の空間へと伸びていく。


普段ならば、風は森の生命が発する微かな魔力を捉え、その流れをリゼに教えてくれるはずだった。


しかし——。


「……淀んでる?」


魔法の糸が、まるで粘度の高い液体の中を進むかのように動きが鈍い。森全体が、奇妙で重たい魔力の『淀み』に覆われているかのようだった。


「どうだ、リゼ?」


カイルが心配そうに声をかける。


リゼは目を開き、小さく首を振った。


「わからない。でも……すごく嫌な予感がするわ」


森の奥から、冷たい空気が頬を撫でる。


だが、ここで引き返す選択肢はない。


「行きましょう」


リゼは覚悟を決め、先頭に立つ。


一歩、また一歩と、薄暗い森の中へと足を踏み入れていく。


彼女たちの姿が鬱蒼とした木々の影に飲まれていくのを、森はただ静かに見つめていた。

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