简介
サークル「お嬢様部」に入部することになってしまった女子大生アイの運命や如何に?
章節1
春。アスファルトが温められ、陽炎が蜃気楼のように景色を歪ませている。私は、こういう季節が嫌いだ。誰も彼もが浮かれて、無責任な希望に満ちた顔で歩いている。まるで、世界が祝福されているとでも言いたげに。
大学に入学したばかりのアイは帰宅しようと、正門に続く道を歩いていた。周辺では、サークルの勧誘活動が繰り広げられていて、雑多な活気が満ち溢れている。
(……もう、帰りたい。早く家に帰って、ベッドに潜り込みたい)
腕の中には、断りきれなかった善意という名の紙束。テニス、映画、ボランティア……。カラフルなチラシが、ずしりと重い。どうして私は「いりません」の一言が言えないんだろう。相手の、あの期待に満ちた顔を見てしまうと、喉に氷の塊でも詰まったみたいに、声が出なくなる。
「ねえ、そこのキミ!めっちゃスタイルいいじゃん!モデルとか興味ない?」
ひっ、と小さな悲鳴が漏れそうになるのを、必死に飲み込む。やめて。見ないで。そんな風に、じろじろと値踏みするような目で見ないで。私の意志とは何の関係もなく与えられただけの、この身体。少しばかり背が高いこと、手足が長いこと、望んでもいないのに少しだけ胸が大きいこと。それが、どうしてこんなにも面倒な視線を引き寄せなければならないのだろう。
「あ、はは……。すみません、急いでるので……」
出た。私の、悪い癖。相手を怒らせたくない、がっかりさせたくない。その一心で、私の顔には勝手に、引きつった愛想笑いが貼り付く。これは技術じゃない。意思でもない。ただの、怯えた小動物がとる、哀れな防衛本能。攻撃しないでください、敵意はありません、と全身で訴えるための、私の保護色。
大抵の人間は、この空っぽの笑顔を見れば満足して去っていく。しかし、今日の捕食者たちは、少しばかりしつこかった。
「ちょっと!そこのあなた!」
雑踏を切り裂くような、冷たくも澄み切った声。びくり、と心臓が跳ねる。まさか。まさか、私?いや、違う。自意識過剰だ。落ち着け、私。人混みに紛れようと、一歩踏み出した、その時。
「待ちなさい、と言っているのが聞こえなかったのかしら」
すぐ、真後ろ。氷の刃を背中に突きつけられたような衝撃。足が、地面に縫い付けられたように動かない。ゆっくりと、錆びついたブリキ人形のように、振り返る。
そこに、「彼女」はいた。
黒。全ての色を飲み込んでしまうような、深い、深い黒。艶やかな黒髪。吸い込まれそうな黒曜石の瞳。着ているのは純白のドレスだというのに、彼女の存在そのものが、周囲の光を奪っているようだった。喧騒が、彼女の周りだけ嘘のように凪いでいる。圧倒的な、静けさと、威圧感。
後ろには、同じ白いドレスの女性が二人。まるで女王を守る近衛兵のように、ぴくりとも動かない。
黒髪の彼女が、す、と私の腕に積まれたチラシの山に指を触れさせた。ぞわり、と肌が粟立つ。
「……無価値なものを、たくさん抱えているのね」
冷たい声。唇の端が、ほんのわずかに吊り上がる。それは、笑みと呼ぶにはあまりにも傲慢で、美しい形をしていた。
「あなた、とても良い『器』を持っているわね」
うつわ?器って、何?私のこと?どういう意味?頭が真っ白になる。彼女の視線が、私を頭のてっぺんからつま先まで、じろり、と撫で回す。恥ずかしい。隠れたい。でも、動けない。私の顔に貼り付いているであろう、あの情けない「保護色」の笑顔が、彼女の瞳にはどう映っているんだろう。
「わたくしは九条院(くじょういん)。この大学に古くから伝わる『お嬢様部』の部長を務めております」
お嬢様、部……?なにそれ、怖い。
「あなたの、その空っぽの微笑み……素晴らしいわ。どんな色にも染まることができる、最高の素質。わたくしたちが、あなたという空虚な器を、至高の理想で満たして差し上げますわ」
空っぽ。空虚な器。見抜かれている。私の笑顔が、中身のない、ただの恐怖の裏返しであることを、この人は一目で見抜いたんだ。怖い。怖い怖い怖い。この人から、今すぐ逃げなきゃ。
(断らなきゃ。ごめんなさい、興味ありませんって、言わなきゃ。早く!)
心の中で必死に叫ぶ。でも、喉から出てくるのは、ひゅう、という情けない息の音だけ。蛇に睨まれた蛙。金縛りにあったように、一ミリも動けない。九条院さんの瞳の奥が、ぎらりと光った気がした。
「……どうかしら?」
ああ、だめだ。もう、だめだ。
「…………はい」
絞り出した声は、自分でも驚くほど小さく、掠れていた。しまった、と思った時にはもう遅い。九条院さんの口元に、獲物を仕留めた美しい肉食獣の笑みが浮かぶ。
「結構ですわ。さあ、こちらへ。部室にご案内します」
彼女がくるりと背を向ける。控えていた一人が、私の腕からチラシの束を奪い取り、ゴミ箱へ。もう一人が、私の背中にそっと手を添える。優しい手つき。しかし、それは絶対に逃がさないという、鉄の意志の現れだった。
「あ、あの、私……」
引きずられるように歩き出す。わけがわからない。どうしてこうなったの。ただ、家に帰りたかっただけなのに。
「心配なさらずに。すぐに、ここがあなたの唯一の『居場所』になりますわ」
前方から聞こえる九条院さんの声は、悪魔の囁きのように甘く、そして冷たかった。私は抵抗する術もなく、まるで生贄の子羊のように、未知の巣窟へと連行されていった。強制的に入部届の「氏名」の欄に自分の名前を書き込まされた時、窓の外の空があまりにも青くて、泣きそうになった。
最新章節
私がその場でへたり込みそうになった、まさにその時だった。
「――見事な対応でしたわ、アイさん」
背後からかけられた声に、私の心
秋風が金木犀の甘い香りを運び、大学のキャンパスは年に一度の熱狂に浮かされていた。模擬店の呼び声、ライブステージから流れてくる素人くさいバンド演奏、友人とはしゃぐ学生たちの甲高い笑い声。その喧騒の
「お嬢様部」の部室は、想像していたよりもずっと、まともだった。アンティーク調の猫脚のテーブルと椅子、棚に並べられた高級そうなティーカップのコレクション、窓辺には手入れの行き届いた蘭の花。ほのかに
春。アスファルトが温められ、陽炎が蜃気楼のように景色を歪ませている。私は、こういう季節が嫌いだ。誰も彼もが浮かれて、無責任な希望に満ちた顔で歩いている。まるで、世界が祝福されているとでも言いたげ
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